ジェンガはくずれない
いままでしたことがないような、新しい挑戦をしてみたくなるときがある。
わたしにとって、それは料理。会ったことのないひとに会ってみること。ふと通りがかった初見のお店にそのまま入ること。書店の片隅でわすれさられたように棚差しされている文庫本を1冊買うこと。
ささいなことかもしれないけれど、未知の体験を選びとってみることで、架空のわたしがまた一歩前へ陣地をおし広げる。未体験がまたひとつなくなった。知らないことをまた知ることができた。
それは、うず高く積まれたジェンガのてっぺんに、また1辺積み木をのせるような冷ややかさにも似ている。
けれど、ジェンガはくずれない。
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ひとの「認知」について書かれている本を読んだり、それがきっかけとなって認知そのものについてかんがえたりすることがある。
「よく失敗する」と思いこんでいれば、よく失敗する未来がやってくるし、「お金がない」と考えつづけていれば、実際にお金はなくなる一方。
たとえ、行ったことのないイベントに足を運んでみるなど、ちょっとした行動であったとしても、自分にとって挑戦とおもえばそれは挑戦なのだ。
「人見知りだから……」と尻込みするような自分は、ひとたび「初対面のひととも仲良くなれる」と思いこむことによって、その繰りかえしによって少しずつ削りとられていく。
同じように、挑戦しつづける自分はいつまで経っても、どこまで行っても挫折することはない。挫折という概念さえ自分の中から消してしまう。せっせと積み重ねたジェンガは強固な土台によって、多少ムチャをしたとしてもくずれることはない。
思いこみの力って、意外と侮れなかったりする。
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初対面のひとと会うときは、いつだって緊張する。プライベートであれ仕事の打ち合わせであれ、会話の合間にふっと浮き出る空白がこわくて苦手で、できることならずっと家に引きこもっていたいとおもってしまう。
それでも、暗示・思いこみの力によって、「いつもとは違う自分」が少しの間だけ顔を出してくれることもあるのだ。
話題をすぐに見つけられる、言葉が次から次へと出てくる、相手の話もちゃんと受けとって返せる、お互いに良い印象を与え・与えられてその場をつつがなく終えることができる。そんな理想の対面を実現させることもできるのだ。思いこみのおかげで。
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今すぐに、自分のなかのジェンガは何をどうしたってくずれることはない、と思いこもう。願ったものはすべて手にはいる。人生は自分のおもった通りになってしまう。
夢物語でもいい。ジェンガはくずれない、と信じることからはじまるものもあるのだから。
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