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ひとりでいることを許してくれる街・吉祥寺

吉祥寺に住んで、半年が過ぎた。

半年やそこらで偉そうな顔をして語れるほどに、私はまだこの街のことをよく知らない。

けれど、これだけはいえる。

吉祥寺は、いい街だ。

高校の頃まで函館で暮らし、大学卒業を機に札幌へと移った。

これは私だけかもしれないが、函館で生まれ育った人間は、"ふたつの都会"の間で揺れうごく。札幌と、東京だ。

地方出身者であるが以上、上京に一定以上のあこがれを抱くことは自然なことだと思う。例に漏れず私もそのひとりで、けれど、いきなり東京の大学を目指すには度胸と成績が弱かった。

そんな折、燦然とかがやいて見えるのが札幌である。

北海道の中では追随を許さぬ都会っぷりで、東京で有名になった店はだいたい札幌に支店を出す。なので、別に東京にまで行かなくても目立った困りごとはなかったし、札幌の大学でも十分イマドキの大学生をやれる気がしたので、念願のひとり暮らしの地として選んだ。

4年間の大学生活を人並みに謳歌し、そのまま地元の企業へ就職する。その間に、函館にいた家族もみな札幌へと移り住んだので、ひとり暮らしを続けたり実家へ戻ったりを無意味に繰りかえした時期もあった。

20代のほとんどを、そんな風にして過ごした。経済的にも精神的にも安定していたし、暮らしていく上で何の過不足もなかった。

そのまま札幌で生き、札幌に骨をうずめてもよかったのだけれど、29歳になった年にふとかんがえた。

私、やりたいこと、できてるんだろうか。

毎日、決まった時間に起きては、祖母がつくってくれた朝食を食べ、出社して代わり映えしない仕事をおわらせる。定時で退社したあとは、最寄り駅内にある書店やドラッグストアなどに寄り道して無駄に時間をつぶしたあと、やっぱり祖母がつくってくれた夕食を食べて入浴を済ませ、家族とともにテレビタイムを満喫してから眠る。

型に嵌め込まれたようなルーティンを繰りかえすだけの日々で、まるでそれっぽい漫画の主人公がけだるげに垂れながすナレーションのように、私はかんがえるようになったのだ。

ほんとうに、やりたいこと、できてるんだろうか。

そもそも、やりたいことって、なんだったろうか。

29歳という年齢は、不思議だ。20代最後の1年、30代に突入する前にやり残したことはないだろうかと頑なに重箱の隅をつつくようになる。

べつに、29歳から30歳になるだけであって、私という人間は1ミリも変わらないはずなのに、何か大きくてくろいものに追い立てられているような忙しさで探すのだ。

やり残したこと、やり残したこと、……やり残したこと。

私にとっては、それが「書く仕事」だった。現在のWebライターという立ち位置に落ち着いたのは偶然かもしれないけれど、とにかく、文章を書いて生計を立てる無謀な挑戦に片足を踏み入れてみたかった。

思い余って踏み抜いてしまってもいい。そうなったら、おとなしく実家に帰ればいいだけだ。そんな甘い考えのもとで、上京した。

吉祥寺に住んで、半年が経つ。

吉祥寺は、友人同士でわいわい飲みながら騒ぎ立てても、ひとりで思索にふける時間をとうとうと甘受していても、どちらも懐ふかく受け入れてくれる街だ。

ひとりでいることを許してくれる街。

息がしやすく、どの時間帯にどこへ行っても、アウェイ感がない。

「住みやすい街ランキング」に上位ランクインするのがとてもよくわかるほど何でもあり、どこへ行くにも利便性がいい。土日は人がよく集まるけれど、慣れれば心地の良い喧騒だ。

私は、ちょうどいいバランスの上に成り立っている、この街がすきだ。

吉祥寺といえば、モーニングやランチが手軽にできる、おしゃれなカフェが多いことでも知られている。

とくにモーニング開拓をするのがすきで、一度訪れただけですっかり心を奪われてしまったのは、「リュモンコーヒースタンド」というカフェだ。

席数は1Fに4席、2Fに10席ほどと手狭な印象だけれど、暖かくかつカジュアルに迎えてくれる男女の店員さんがいるおかげで、気後れせずに済む。

どれくらいカジュアルかというと、私が案内された席でもくもくと本を読んでいたら、「どんな本読んでるんですか?」と話しかけてくれるくらいの気さくさ。

「わたしの好きな街っていう本です~。吉祥寺や荻窪のことも載ってるんですよ」と伝えると、へえ!面白そう、探してみようかな、とにっこり笑顔。

近すぎず遠すぎない距離感に、すっかり居心地良くなってしまう。

9:00から13:00までモーニングセットを注文可能で、税込680円の内容はドリンク(コーヒーorカフェオレ)とバタートーストだ。

可愛らしくアートが施されたカフェオレについつい頬がゆるみ、大きくバターが載せられたトーストに思わず喉が鳴る。

シロップをかけていただくこのトーストがまた絶品で、見た目に反して甘すぎない味がなんとも高い高感度を叩きだすのだ。

塩気と甘みが行き来する、このバランス。

吉祥寺に来られた際は、ぜひここでモーニングかブランチを楽しんでほしい。

せっかく吉祥寺という街に住んでいるのだから、もっとこの街に詳しくなりたいし、好きになりたいし、好きになってほしい。

あとどれくらいお世話になるかわからないけれど、深堀りすればするほど、離れがたくなる魅力を秘めていそうだからこわいのだ。

それでもいいか、と最近は思いはじめてもいる。

明日は、どんな表情を見せてくれるのか、楽しみだ。


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