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満を持して用意した「よつばと!」が全く刺さらなかった話

こちらは私がいま受講している、天狼院書店さんのライティングゼミに課題として提出するもボツを食らった作品でございます。

もったいないのでnoteで供養。
貧乏性をお許しください。

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「よつばと!」というマンガをご存じだろうか。

月刊コミック電撃大王で連載中の、あずまきよひこさん作の超人気マンガである。根強いファンがいることで有名だ。いまこれを読んでいるあなたも、一度は名前くらい聞いたことがあるのではないだろうか。

昔、葬儀屋に勤めていたころ、白血病で亡くなった中学生の女の子の葬儀を担当したことがある。
私はその子のことをまったく知らない。

泣きはらした目をしたご両親から見せてもらった何枚かの写真と、葬儀式の打ち合わせ最中も鳴り止まない彼女のLINEの通知音で、活発で周囲に慕われていた女の子だったんだと想像できる程度だった。

女の子は、マンガが大好きだった。
中学生らしく、細々とした色鮮やかな雑貨やぬいぐるみで埋め尽くされた部屋の一角には、こだわり尽くされた本棚が鎮座ましましていた。

「ONE PIECE」や「BLEACH」など、少年マンガが目立つラインナップに紛れて、しっかり全巻そろった「よつばと!」の存在感が私の目をひいた。

彼女のお宅には、打ち合わせ諸々の用事で何度か訪れたが、その度に私は本棚のなかの「よつばと!」が気になって仕方がなかった。いま思い返してみると、なんと不真面目な担当者だろうと我が身ながらに不可解極まりない。

とにかく「よつばと!」が気になって気になって仕方がなかった。

ここまでしつこく書くと優にお察しだろうが、私はマンガのなかで一番と言っていいほど「よつばと!」が大好きである。もちろん全巻持っている。

彼女が生きていたら、きっと何時間でもよつばと話ができただろう。どの話が好きか、登場人物で一番好きなのは誰か、お気に入りの巻はあるか……。

静かに眠っているだけにみえる彼女に心のなかで語りかけた。
私もよつばと大好きだよ、同じく全巻持ってるよ、あなたはどんな時によつばとを読んでいたんだろう、
私は、
私はもっぱら仕事でつかれた時、よつばに癒されたくてページを開いていた、あなたも、病気の痛みや苦しみを、このマンガで癒していたのかな。

話したいことが溢れでて心の奥底にたまっていく感覚がたまらなかった。これを放出する術はもうこの世にのこされていないのだ。一時しか相対しない葬儀担当者がこんな状態なのだ。ご両親の懊悩はいかばかりだろう。

*****

通夜当日。
私は、なんとかして「よつばと!」を活かせないか考えた。

せっかくよつばとというマンガが好きなのだ。全巻持っているというアドバンテージを形にしたい。

当時勤めていた葬儀社では、故人にまつわる物を祭壇まわりに配置したり、棺のなかに入れてもらえるよう予め用意しておく「サプライズ」という取り組みがなされていた。このサプライズに、どうにか「よつばと!」を食い込ませられないか。

私は数時間の葛藤の末、よつばと全巻を祭壇まわりに目立つようにズラリと並べた。

その光景は圧巻だった。
たった12冊だったが(当時は12巻まで刊行。現在は14巻まで出版)よつばと好きにはたまらない景色だった。
彼女も実際に見てくれていたらさぞや喜んでくれたに違いない。

サプライズで不発を連続させていた私は、今度こそご遺族のハートに刺さるはず! といまかいまかと式場ホールにてご両親その他ご親族の到着を待つ。
(ちなみに「不発」とは、満を持して用意したサプライズが何の反応もなくスルーされてしまうことを差す。とくに喪主は悲しみの真っただ中であり、そんなサプライズだの何だのに余力を割いている暇はないのが道理である)

結果、「よつばと!」は不発だった。
祭壇周囲にここぞとばかりに配置したよつばと全巻に、ご両親はおろか、ご親族や弔問客のだれも触れずに万事順調に式は終了してしまった。

せっかく家から持ってきたのに。
「これ、私も好きなマンガなんです!」ともっとアピールすればよかったか。

それどころではないのは百も承知だが、チラッとでも反応がほしかった。あ、これ、あの子も持ってたマンガ、くらいの表情でもよかった。気づいたよ、なんていうアイコンタクトだけでも満足だったのに。世の中は世知辛いものである。

*****

満を持して用意した「よつばと!」は全く刺さらずに終わった。

それ以来、ますますサプライズをするのが億劫になってしまった。会社の方針上、そうせざるを得ないという面は確かにあったが、ご遺族の気持ちを最優先で動きたい本心との齟齬がストレスとなり、私はその後まもなくこの職を辞することになる。

葬儀式の担当者とは、外からみるととても気を遣いそうな仕事にみえるはずだが、その通りである。ものすごく神経を遣う。にも関わらずあまり歓迎されない仕事だ。労働環境もわるいし人間関係もわるい(これは会社によるだろうが)。

良いのは給料だけである。


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