小まめに摂取するしあわせ
最近ちょっとだけ思うことがあるので、自分でも忘れないように、備忘録的な意味を込めて書き留めておきます。と言っても大したことではないんだけれど。
▽
あの、手帳とか文房具とかがべらぼうに好きなんですよ。関係ないかもしれないですけど私は本も大好きで、大体今の書店にはステーショナリーのコーナーも併設されているわけです。
ということは、本を見に行ったついでにちょっと文房具も見ちゃおうかな…ということになるわけです。
そして否が応でも今の時期はカレンダーや手帳も売られている時期なので、もう言いたいことはわかっていただけると思うんですが、本→文房具→手帳という黄金ルートを辿ってしまうわけなんですよ。
ただ本を見に行っただけで、です。これは恐ろしいことです。予想推定使用金額の倍は軽く超えてしまうわけです。本当に怖いことです。
▽
これ、でも、言ってしまえばしあわせなことだよなと最近感じていまして。本や文房具でこれほどしあわせを感じられるって、私たち読書勢や文具勢は幸福な立ち位置にいますよ。
私なんかは、なんというかこのしあわせをあまりにも頻繁に多量に摂取するのはお天道さまにわるいというか、何かとてつもなく贅沢なことをしている気分になるというか、もう少し辛抱しないといけないのでは…? みたいな気持ちにどんどんなってきてしまうんですけども。
最近は、このしあわせを因数分解して”小まめに摂取”すればいいのでは、と思うようになったのです。
▽
何についても言えることですが、たとえばお酒が好きな人、タバコが好きな人、食べることが好きな人、人と会うことが好きな人、お風呂に入るのが好きな人、雑誌を読むのが好きな人、生きていると大なり小なり『好きなこと』が生まれるわけですよね。
この『好きなこと』、別にどんどんしたらいいじゃん、って思うようになってですね。この”どんどん”っていうのは、大量に頻繁に、ということではなく、少量を毎日、っていうイメージです。
日本人ってずっと我慢を美徳にして生きてきたから、自分の好きなように生きたりやりたいことやればいいじゃん! みたいな風潮に「ウッ」と尻込みしちゃいますよね。
お酒も一度にたくさん飲んでしまうと体に悪いし、タバコもそうです。それでも、少しずつを毎日、であれば誰にも咎められないし、気分転換になって反対に生きる活力に繋がるのでは? と思うんですよね。
▽
だから要は何が言いたいかというと、私も変に我慢をして本屋に行くのを1週間に1回とか制限をしないで、毎日行くようにすればいいのではないかと。
毎日行ったら毎日買ってしまうじゃないかと思うでしょうが、意外と「今日は気分じゃないかな」みたいな日もあって、買わずに済む日もあるんですよね。
そうやってしあわせを毎日少しずつ摂取するようにすれば、長い間我慢した挙げ句に多量摂取していろいろ後悔してしまう…という悲劇にならずに済むんじゃないかという結論に至りました。
この話、わかってくれる人いるだろうか……。
と思いつつ投稿します。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。サポートいただけた分は、おうちで飲むココアかピルクルを買うのに使います。