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フロム・ザ・ボトル

 アリスはカウンター脇にちょこんと座るパグを見たて、どうしてこういうことになったのかと考えてみた。思い起こせばゲン爺がほとんど空のウィスキーボトルを拾ってきたことが始まりだった。

 ゲン爺はボトルを逆さにすると最後の一滴を舌先で味わった。

「ああ、無くなってしもうた。残念じゃのう」

「それってゴミ山から拾ってきたほとんど空のボトルでしょう。残念も何もないでしょう」

「何を言っておるか。美味いウィスキーなんじゃぞ。これは」

 ゲン爺は『フロム・ザ・バレル』の空ボトルをカウンターに置き、恨めしげに眺めた。

「美味かったなあ」

 ここはゴミ処理島の街ドリームシティ。アンドロイドのアリスが営む小さなバーである。ゲン爺の口利きで店を持てることになったため、ゲン爺にはいつでも無料でウィスキーを提供している。

 しかし今日は自分でボトルを持ち込んだ。ドローンが廃棄していったゴミに少しだけ残った『フロム・ザ・バレル』が混じっていたのだ。だからといってアリスの店で飲まなくてもよさそうなものだ。最後の一滴を飲み干すと、ボトルの処分をアリスに任せてゲン爺は帰っていった。

 入れ替わりで入ってきたのはジュリアスとヴィンセントという二人の男性型アンドロイドだった。見た目が見るからにそっくりで、同じラインで製造されたアンドロイドだとすぐにわかった。

「いらっしゃい。お飲み物は何にする?」

 二人は顔を見合わせると、同時に言った。

「飲み物はいりません。今日はお願いがあってやって来ました」

「お願い?」

「はい。僕たち結婚したいんです」

 二人の主張はこうだった。

 ジュリアスはオーキーの工場のプリンタ技術者だ。再生工学を駆使して製品を作っている。対するヴィンセントはプラズマ粉砕工場の技術者で、粉砕して生成した元素をオーキーの工場に届けていた。そこで二人は出会い、お互いの容姿の似通った様から意気投合した。そもそも同じラインから出てこようが、アンドロイド同志が意気投合するなんてことは滅多に起きない。アンドロイドには精神的な結びつきがない。ところが二人は、お互いに相手が自分の一部のような気がしてならないのだという。

 ここで人間ならば話が早い。友人関係になるなり、パートナー関係を築くなりすればよい。だが、アンドロイドはパートナー登録をしたところで、それは書類上の関係でしかない。より深い結びつきに発展させることは難しい。

 違いに相手のボディにプログラム転送してみたりしたが、それはひとつのボートに二人同乗するようなもので、オールを持つ方がボートの進路を決められるというだけだ。信号シンクロして同じ動作をしても精神的結びつきとは程遠い。

 そうこうしている間にも、二人の意識はより結びつきを強くする方向へと動いていった。どうすれば人間のパートナーのようになれるのか。どうすれば精神的結びつきというものを理解できるのか。

 そして導き出した答えが結婚だった。

「でも私はただのバーテンよ。神父じゃないし、神の存在も信じていない」

「いいえ。結婚式を挙げたいのではないのです」

「あなたのその右目でしかできないことをして欲しいのです」

 アリスの右目には特殊な機能が組み込まれている。重力に与える僅かなな影響からその人やアンドロイドが持つエネルギー場を読み取ることができた。そしてアリスにはもう一つ特殊な技能があった。エンジニアリングである。

 エンジニアリングとは残留してしまった意志や思念といったエネルギー場を払う技術だ。アリスは津軽屋十四代目に認められたエンジニアだった。認定書代わりに受け継いだのがカウンターの下に隠してある斬霊剣だ。

「噂で聞いています。あなたはエネルギー場を自在に操れると」

「何を考えているの? どこで何を聞いて来たのか知らないけど、あなた方か考えているほどエンジニアリングは簡単なものじゃないわ」

「僕たちは一つの意識になりたいのです」

「それが僕たちのいう結婚です」

 ジュリアスとヴィンセントはひとつの個体になりたがっていた。ひとつになるためには、ふたつの意識では意味がない。アリスの力でどちらかの意識をもう一つに融合させて欲しいのだ。

「そんなことは……」

 多分できる。

 斬霊剣はエネルギー場を切り離すことができる。切り離されたエネルギー場が収まる場所さえ用意してやればいい。

「でもそれはきっと、あなた方が望む結婚の形ではないわ」

「なぜですか」

「融合したエネルギー場が同じ形になるとは限らない。今とは全く違う感覚を持ったアンドロイドになってしまうかもしれないわ」

「そんなことは些細なことです」

「僕たちの目的は一つになることなのです」

 その晩、バーを閉めてから三人はまた集まった。いよいよ二人のボディからエネルギー場を切り離すためだ。切り離したエネルギー場の行き先は、ゲン爺が置いていった空のウィスキーボトルにした。ウィスキーというのは作り手の思いが入る。空になっても別の意識のようなものを受け入れやすいと考えたのだ。

 二人は並んでカウンター席に座った。右がジュリアスで左がヴィンセント。そして中央に空ボトルを置く。そして二人には極力機能を停止してもらう。それ以外準備はない。人間と違ってトランス状態にする必要すらない。元々アンドロイドのエネルギー場はほとんどが電気エネルギーによるものだ。意識と呼ばれる部分はわずかである。

 アリスは斬霊剣を抜くと右目にリソースを集中した。重力変化が砂でできた海のような形で見えてくる。二人がいる場所に僅かな窪みが見える。これが二人のエネルギー場だ。極性を逆にすると窪みはでっぱりになる。アリスは右手のでっぱりを削ぐようにして斬霊剣を振った。

 切り離されたジュリアスのエネルギー場が空ボトルに吸い込まれた。思った通りだ。空ボトルに透明な液体が注がれたようになりゆらゆらと揺れた。

「さあ、いよいよ二人のマリアージュよ。準備はいいかしら」

 アリスはヴィンセントのエネルギー場を削いだ。切り離されたヴィンセントのエネルギー場はしばらく行き場を求めて宙を彷徨ったが、すぐにジュリアスの入ったボトルを見つけて飛び込んだ。

 ボトルの中で二つの原液がせめぎ合っている。何を残し何を捨て去るのか。完全意識のように幾千もの意識融合がされたものに飛び込むのであれば、ほんのわずかな波紋が起きるだけだ。しかしいくら惹かれ合うと言っても二つの個体が一つになるのは容易ではない。ボトルの中の二つの原液はゆらめき渦巻き濃密な光沢を放ちながら混ざり合わず永遠の抱擁を続けた。アリスは揺れ動くボトルをそっとカウンターの下に仕舞った。

 三日目の朝日が差し始めたころ、ボトルは静かになっていた。マリアージュが終わり彼らはひとつになった。それがどのような個性なのかはわからない。夜の間に彼らの抜け殻は仲間によって持ち去られ元素分解された。そして新たなボディが元素から完成していた。ジュリアスがあらかじめプログラムした工程で3Dプリンタが稼働を続けついさっき二人の元素からボディができあがった。それを仲間が運んできた。

 アリスは新しいボディを見て彼らの思慮の深さを知った。

 新しいボディは子供型だった。彼らは結婚をして子を成すことを最終目標としていたのだ。だが、二人が一つのボディに入ったところで、子供を得ることはできない。だから融合の結果として自分たち自身が子供になることにしたのだ。

 あとはこのボディにエネルギー場を移し込むだけ。

 アリスは二人のエネエルギー場が入った『フロム・ザ・バレル』のボトルをカウンターに置いた。子供型のアンドロイドはカウンター席に座らせてある。斬霊剣を構える。この子の名前はアーサーかしらなどと考えながら、斬霊剣を振るおうとした時、入口から何か小さなものが飛び込んできた。

「おい、待て。こら」

 続けてゲン爺が飛び込んできた。止める間はなかった。斬霊剣は振り下ろされ、ボトルからエネルギー場は切り離されて行き場を求めて宙を彷徨う。

「止まれ。ステップ。こら」

 飛び込んできたのはパグ型のアンドロイドだった。どうやらまたゴミの山で拾ってきたらしいが、制御が安定せず逃げ回っているのだ。そしてステップは力の限りジャンプすると、子供型アンドロイドをスツールから蹴落としてしまった。そこへ宙を彷徨っていたエネルギー場が降りて来た。エネルギー場は吸い込まれるようにしてステップに融合してしまった。

「ああ、何てことかしら。二人の結婚の結果できたのがパグなんて」

「何のことじゃ?」

 ステップは体をぶるぶるっと震わせるとその場に大人しくお座りした。丸く大きな目がアリスを見つめていた。

「とにかく、乾杯かしら」

 ステップが嬉しそうに尻尾を振った。

          終

おまけのティスティングノート

『フロム・ザ・バレル』は熟成を経たモルト原酒とグレーン原酒をブレンド後に、もう一度樽詰めして再貯蔵させるマリアージュ、つまり結婚によって作られたウィスキーです。マリアージュさせたウィスキーは二つの個性がうまくなじみ、とても奥行きのある味わいになります。また樽詰めの際にできる限り加水を少なくし、アルコール度数を51.4度にすることで、濃厚で骨太な味わいを作り出しています。

 今回のお話は二人のアンドロイドが結婚を夢見てアリスの所へやって来ます。アンドロイドにとって結婚という人間の儀式は意味のないものなのか。普通に考えれば機械同士が結婚に意味はないでしょう。でもそこに意味を見出すことができないかと思いました。さらに子供が欲しいと考えたアンドロイドはどうするのか。将来人間と同じように考えるアンドロイドが開発された時、彼らは結婚をどう考えるのか興味がつきません。


 

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