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100年間殺し

 ここはゴミ処理島のドリームシティ。今日もまたドローンがやってきて工場から出た廃棄品をゴミの山に捨てていく。

 がらがらと音を立てて山を転げ落ちるゴミはラインアウトしたアンドロイドから得体の知れない部品まである。その内のひとつ、頑丈に密閉されているはずの容器が、なぜか開いて中身が漏れ出た。赤く粘り気のある液体は近くに転がる半端に組み上がったアンドロイドの首に付着した。そしてまるで居心地のいい寝床でも見つけたみたいに隙間から中に流れ込んでいった。

 しばらくすると、アンドロイドの首から数本の赤くて細いポリマーの脚が突き出した。脚は地面を捉えると、首をゆっくり持ち上げ蜘蛛のように歩き始めた。歩きながら脚の一本がゴミを拾い上げ、そこに新な細いポリマー繊維が絡みつく。そんなことを繰り返すうちに蜘蛛のようだったそれは徐々に姿を変えてゆき、数分後には人型になっていた。ゴミから組み上がったゴミロイドだ。どこからみてもゴミを寄せ集めた風にしか見えないそれは、ゆっくりとしたおぼつかない足取りでゴミの山を後にし、ドリームシティの中心に向かった。

 数ある小さなゴミ分解工場のひとつでカーツは仕事の手を休めてウィスキーを飲んでいた。正確にはずいぶんと前から仕事は一向に進んでおらず、飲酒ばかりが進んでいた。ウィスキーは『サントリー・センチュリー15年』で希少品である。元は島の顔役であるオーキーの秘蔵の品だったが、賭けで勝って巻き上げたものだ。カーツはウィスキーの味なんかよくわからなかったが、するすると飲めてしまうことからきっと美味いのだろう。

 何杯目かのグラスが空になった頃、工場の入り口に奇妙な人影が立っているのに気がついた。それは人というにはひどく不恰好だった。まるでゴミをかき集めて人型にしたようなそれはぎこちない動きで中に入って来た。

「おい、誰が入っていいと言った。勝手に入るな」

 ゴミロイドはカーツの言葉を無視して中に入り込むと、勝手に機械類を手に取った。そして気に入った物を見つけてボディを構成するパイプやら何やらの品と入れ替えた。

 最初は気味の悪いゴミロイドを警戒していたカーツだが、あまりに身勝手な行動に腹が立ってきて、引き出しから古臭い拳銃を取り出すとゴミロイドに向けた。

「おい、それ以上何かに手を触れてみろ。ただじゃおかないぞ」

 全く意に介さないゴミロイドに向けて三発銃弾を放った。銃弾はゴミロイドの腹部パーツを吹き飛ばした。そのことで初めてカーツの存在に気がついたのか、ゴミロイドはしばらくカーツを見ていたが、やがてカーツに向き直った。

 カーツは残りの銃弾をゴミロイドに放ったが、ゴミロイドはパーツを吹き飛ばされながら迫って来た。そしてカーツの首に指を巻きつけた。

「止めろ。苦しい」

 カーツは最後の銃弾をゴミロイドの頭部に撃ち込んだ。それでようやくゴミロイドの動きが止まり、大きな音を立てて倒れた。

「何なんだこいつは」

 ゴミロイドを蹴飛ばすと、蹴られた部分のパーツが初めから繋がっていなかったかのように飛び散った。カーツは一応オーキーに知らせることにした。視界にオーキーの映像が現れたので、一通り今起こったことを伝えていると背後で物音がした。オーキーが何か叫んでいる。カーツが振り向いたのと首筋に激痛が走ったのが同時だった。倒したはずのゴミロイドが首筋に噛み付いていた。そして首筋の肉を食いちぎられるのと同時に何か鋭利な物を差し込まれた。それが脳に達したことを悟ったところでカーツの意識は途切れた。

 オーキーの指示で何名かの男たちがやって来た時、工場の床にはばらばらになったゴミロイドの残骸だけが残され、カーツのの姿はどこにも見当たらなかった。男たちの呼ぶ声に応える者はなく、無造作に置かれた工具や壁にピン留めされた画像が一層無人感を強調していた。机の上のウィスキーボトルが倒れて中身が流れ出していた。男たちはオーキーに報告を入れると工場から出て行ったが、一人が引き返して来てウィスキーボトルを掴んだ。

「もったいねえ」

 男はボトルから直接残ったウィスキーを喉に流し込んだ。アルコールの強い刺激に咳き込んだ後、ボトルを放り出して出て行こうとしたところで、誰かにぶつかりそうになり小さな悲鳴を上げた。

「カーツじゃねえか。びっくりさせるな。無事だった……」

 目の前に立つカーツの様子に男は息を呑んだ。

 瞳は何も見つめておらず、口からはよだれが流れ出いていた。そしてなにより首の一部の肉が抉り取られていて頚骨が見えていた。シャツは血で真っ赤に染まっていて一部は乾いて固まっていた。

 カーツの手が男の喉を鷲掴みにした。ものすごい力だ。

 男は咄嗟にポケットからナイフを取り出してカーツの腹を突いた。だが首を絞める力は増すばかりだ。二度三度とナイフを突き出すが、やがて男の手が強ばりナイフを取り落とした。

 カーツが顔を寄せてきた。大きく開いた口からは血の匂いがした。そして無数の赤いポリマー繊維が蠢きながら溢れ出てきた。

 カーツは男の喉を食い破った後、ふらふらと工場を出てオーキーの工場に向かった。男は床の上で痙攣していたが、しばらくすると立ち上がり同じようにカーツの後を追って出て行った。

 オーキーに急遽呼び出されてアリスが島の突端に着くと、手に武器を持った男たちが二人の男をを遠巻きに取り囲んでいた。男たちの中にはアンドロイドも混じっていた。皆一様に殺気立っている。それもそのはずだ。取り巻いている人たちの何人かは腕や足に怪我を負っている。二人に襲われたのだろう。

 集団の中心にオーキーが立っていた。オーキーが電子パルス銃を撃つと、絶壁に追い詰められていたひとりの男の首が吹き飛んだ。男は崩れるように海に落下した。残されたカーツが人とは思えない不気味な咆哮を上げた。

「何をしているんですか!」

 アリスが叫ぶとオーキーが振り向いた。その顔には苦悩が滲んでいた。

「あいつはおかしくなってしまった。もう人間じゃなくなってしまったんだ」

「だからって。あなたのやったことは殺人です」

「あれでもか」

 カーツの口から赤い舌がだらりと垂れると、それは四方八方に分裂してうねうねと蠢いた。

「病気か何かであんなことになるのか?」

「オーキー。撃て。あれはもうカーツじゃない。撃つんだ」

 誰かが叫ぶ。オーキーが銃を構え直した。ひどく震えている。結局オーキーは腕を下ろした。

「できない」

 カーツが口を開き両腕を突き出してオーキーに迫ろうとする。

 そこを別の誰かが銃撃で押し留める。その繰り返しだった。カーツの体は銃弾による穴が無数に空いている。その穴からは細いポリマー繊維が覗いていた。

「オーキー。何故撃たない」

 誰かの声にオーキーが叫んだ。

「友達だ。どうして撃てる」

「友達なもんか。人間ですらない」

「じゃあ、あれは一体何なんだ?」

 その問いに答えたのはアリスだった。

「人でないことは確かね。多分アンドロイド」

 オーキーが食ってかかる。

「カーツはアンドロイドじゃない。俺の友達だ」

「もう彼から生体反応は見られないわ。それに彼のエネルギー場は人間ではなくアンドロイドの方が近いの」

 アリスの右目は人間やアンドロイドの持つエネルギー場を見ることができた。その形や強さで相手が何者か分かる。それでを確認するためにアリスが呼ばれたのだ。

「彼の肉体はもう死んでいる。彼の肉体の内部に潜むなにかが彼を動かしているだけよ」

「何かって何なんだ」

「分からないわ。もしかしたらMシティで開発された新型の何かかもしれない」

 前に進み出ようとするカーツを誰かが銃撃で押し留める。その度に血肉が飛び耳障りな雄叫びが響いた。

「そいつらはなんで俺の友人をこんな目に合わせるんだ」

「彼らの考えることが理解できる人なんていないわ。失敗作なのかも」

「あれはもうカーツじゃないのか」

 オーキーが力なく聞いた。

「ええ。エネルギーが頭部に集中している。恐らくもう……」

 アリスの言葉を聞き終わる前にオーキーは電子パルス弾をカーツの頭に撃ち込んだ。頭部を失ったカーツはよろよろとよろめいたがまだ倒れない。首からは赤いポリマー繊維が何本も伸びて、頭部を探すかのように蠢いた。

 オーキーは残りの全弾をカーツの胸に撃ち込んだ。遂にカーツは後ろに倒れそのまま海に落下した。

 その晩、オーキーはふらりとアリスの店に立ち寄った。注文は『サントリー・センチュリー15年』の電子ウィスキー。カーツに巻き上げられた一本と同じだ。だがその貴重な一本は全て床のしみとなった。

「あいつは天国に行けたのかな」

 オーキーがしんみりと言う。

「工場にも彼の思念は残されていませんでした。おそらく成仏されたのだと思います」

「そうか。それならいい。最後の最後で俺の秘蔵の酒を持っていきやがって」

 そう言って笑うオーキー。ふと真顔になって、

「連中はこの島で何をしようとしていると思う」

「さあ。Mシティの政府が掲げる理念は『機械による新人類の夜明け』です。ポリマー製ボディなら更に100年生きることができます」

 アリスはあえて実験という言葉は使わなかった。どこの政府にも属さないゴミ処理島。それはとても都合のいい存在だ。そんなことはオーキーだって分かっているはずだ。

「あんな姿なら100年間殺され続けてるのと同じだ。俺なら願い下げだ」

 オーキーはウィスキーを飲み干すと礼を言って出て行った。

 カウンターのグラス映像が消えた。電子ウィスキーは後片付けも簡単だ。ついさっきまではここに存在していた電子ウィスキーだが、飲み終えればしみひとつ残さない。便利ではあるが、役目を終えた後も100年間存在し続けるのと、瞬時に存在しなくなるのとどちらがいいのだろうか。

          終

おまけのティスティングノート

『サントリー・センチュリー15年』はサントリーが新世紀を迎えるにあたって2000年に販売した記念ウィスキーです。秘蔵のモルト樽からバッディングしたピュアモルトで15年、17年、21年、40年があります。秘蔵のモルト樽というだけあってその味は甘く華やかで極めてフルーティ。特に40年は長期熟成特有の豪奢でふくよかな味わいということです。今回お話しに出て来た15年はボトル形状が特徴的で香水のボトルのように四角く平べったい形状をしています。

 さて、今回のお話しは何となく察した方もいるかもしれませんが『遊星からの物体X』がモチーフになっています。この映画は1982年に公開されましたが、出てくる謎の生命体がなんとも不気味で見応えのある映画だったことを覚えています。そのエッセンスをお話しの盛り込んだことで、少しは不気味さを演出できていたら幸いです。気になった方は是非映画を見てください。リメイクもされているようですので、そのうち私も見てみたいと思います。

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