北緒りお

文芸同人とかで小説を発表してます

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かもしめ

 昔々、まだ生活の隅々に神が居て、人々が神に恐れながら日々を過ごしていた頃の話でございます。  かまどに神が住み、農耕が神にゆだねられ、大がかりな工事があると人柱が大地の神々に差し出される、神にとっての黄金期のお話です。  ここは米と雑穀、それに海からの幸を手に入れ、豊かな生活が営まれている村でございます。  生きるのがやっとの他の村に比べると村人のほとんどは明るい表情であり、日々の食餌に頭を悩ませ眉間にしわを寄せている跡もないような、まことにうらやましく温厚な日々が流れる村

    • 大福の子は仔猫

       虹の橋を渡った愛猫が、六匹の子猫になって今日戻ってきた。  けれども、どことなくの面影はあるものの、天寿を全うした〝大福〟ではなく、よく似た子猫たちで、なにか違うというふわっとした感覚と可愛さで天秤がしなる音が心の中でしたようだった。  部屋と言うのにはやや手狭な納戸の四方は棚が占拠していて、そこには銀色の筐体になにやら数字やボタンが並んでいる操作パネルらしきのが着いている機械や、水槽を逆さにして照明を付けたかのような機械の中に、ビーカーや試験管などが並び、日が長くなった

      • 凍え、溶ける

         雪が降り、そして止み、また降り、風に流され、そして、また、止む。  その宿は特急停車駅から送迎バスで一時間半ほど、ネット上では温泉と山菜が客人を迎える宿、という惹句で紹介されていたが、実際に泊まってみると、それ以外のものは特になく、客の存在に一喜一憂せず、静かに温泉宿として数十年以上の時間をやり過ごすかのように佇んでいた。  とりあえずの一泊で部屋を取ったが、想定以上の大雪が降り積もり、このあたりの公共交通機関はほぼ動かなくなってしまった。  旧交の仲間と酒を呑もうかと土日

        • 桜とアスファルトと月

           満開にはまだ早い。  マスクを外して深呼吸をすると、つい一月ほど前の冷たく張り詰めた空気とはまったく変わっていて、鼻の奥に柔らかく、けれどもまだひんやりとした緊張が残る空気が流れ込んでくる。  桜の幹に寄りかかり、満月を眺める。  よく晴れた空にまん丸に浮かび、春と言い切るにはまだ早いかと思わせる夜、明るく満月に照らされた桜の木の枝、大木の枝々から物静かに伸びている新芽の存在をがよく見え、近所の公園なのに特別な場所に居るようだった。  珍しく早めに帰宅して家のことでもやろう

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          雪の日

          「蜜の味って何度思い出してもたまらないなあ」  大きな身体から発せられる声はやたらと力強く、説得力のない内容でも、なんとなくそうなのかと思わせるような自信あふれる発言に聞こえるからすごい、とテントウムシは思うのでした。  クワガタの越冬は朽ち木の中でするはずなのですが、なぜかこの木の皮の間にできた小虫の集まりに混じっています。 「大きな木に沸いてるのは、花の蜜やアブラムシやアリが吐き出すのと違って、なんか柔らかい甘い香りがしていて、あれを口にすると他のじゃ物足りなくなるもんな

          語り部

           一つの言葉が意味を持った音とともに魂の力も伝わり、祈りや祝い、またしては呪詛まで、誉れであろうと威圧であろうと深く人を動かす道具として使われていた頃のお話です。  農業はまだ未熟で、狩猟や簡単な罠で動物を仕留め、そして食餌としている、そんな暮らしをしている人々の中にありながら語りに秀でた物が引き立てられ優遇されたのでございました。  後の世では語り部として呼ばれている役目がございます。  もともとはその土地の豪族などの権力者に仕え、その一族の歴史や戦記などを口ずさみ、そして

          駄菓子屋

           「今時さ、駄菓子屋で生きていけんの?」  高田は高校の頃からの付き合いもあり、質問もいぶかしみも直球で投げてくる。  世の中で何か店を出そうと考えている人を集めたところで、駄菓子屋というのは選択肢は出てこないだろう。  土地を持っているのでもなく、これが当たるという感触や直感があるわけでもない。駄菓子屋なら仕入れの金額もたいしたこともないし、どうにかなるだろう、という情けない理由で着想したのだった。  一緒にこの部屋でゴロゴロしている上野は、もはやあまり興味を示さないように

          鼻冷え

           山の上に寒風が吹きます。  天狗の鼻はまるでキュウリのように伸び、顔の真ん中で〝我こそが天狗そのものなり〟と自己主張しているかのように生えています。  夏の盛りが過ぎ、少し寒くなって来たかと思うとあっという間に枯れ葉の季節になり、銀杏の葉が散り始めると途端に寒くなってきたのでした。  青年の天狗にとって、この季節の変わり目は苦手なのでした。  でもそれは去年までの話で、今年は特製の面があるので寒さの心配、特に鼻が冷えて困ることはなさそうです。  これは、天狗が面を着けるよう

          焼きいも

           昼休みって名称は優良誤認だと思う。少なくとも、自分はそう思う。  一時間の中で食事を済ませ息抜きをし、それで午後の仕事に備えよなんて言うのは虫のいい話だ。  しかも、12時きっかりに昼休み扱いとなり、13時には持ち場に戻ってないといけない。にもかかわらず、休み時間直前に要件を振ってくるものがいて、15分ほど時間をとられる。そこから慌てて会社を出ても三十分ぐらいしか食べる時間が無い。注文してすぐに出てくるような丼物でごまかし、とりあえずのカロリーを摂取する。日によっては食べる

          月と蕎麦

           満月の夜に吹く秋の風はそこまで寒くもなく、やや早足で歩いていると首筋にうっすらと汗をかき、誰もいないからいいだろうとワイシャツのボタンを二つばかり開けて服の中に籠もった蒸しっぽい空気をバタバタと追い出す。  家業を継がずに月給取りになり都心で務めているのはいいが、商いをやるのとは違うだろう大変さに慣れずにいた。今日も夜遅くまで働き、終電までは少し余裕があるが、呑んで帰るには忙(せわ)しないような時間になり、帰路のどこかで夕飯だけでも食べられないかと店を探しているのだった。

          ムカデとトカゲ

           「あ、足がつった!」と、ムカデがその長い体をグルグルとさせながら後ろの足を前足でさすろうとしています。  空が高くなりだんだんと寒くなる季節、夕暮れになり少し寒くなり始めた頃です。そろそろ落ち葉の陰で寒さをしのごうとして、落ちている枝や小石を乗り越えようとしたときのことでした。  足をさすれる場所を探してかろうじて地面が出ているところを見つけ、そこで輪っかのようになり足をさすります。そうしてグルグルとしていると、それを見ていたトカゲが目を回して水かきのついたその手で目のあた

          ムカデとトカゲ

          ドングリ

          「やっぱりさ、どんくさい栗だからドングリなのかな?」 と、ゴーグルを外しながら上野が話しかけてきた。 「さあなぁ」としか答えられない。  そもそも栗にどんくさいも何もないだろうと思ったが、そこに触れるほど興味がある話題ではない。  昔だったら雑木林を適当に歩いていればドングリは落ちていたらしいが、今となっては希少種となってしまっている。  俺たちの世代だと、ドングリという存在は知っていても実物を目にするのは博物館ぐらいだ。  幸いにして仮想空間で平成や昭和の時代の風景を体験で

          おにぎり

          「おべんとうはどこでたべるんですか?」  ひときわ元気そうな男の子が、その活発さを服に表したかのように、引っかけたカギの繕いや裾にスレのある着物に芝生の枯れたのや雑草のちぎれたのなんかがついています。  秋空が高く晴れ渡り、海の近くでただでさえ広く感じる空にさらに深い奥行きを与えています。  銀杏の葉は色づき、黄色というよりは黄土色の葉でその枝々や地面に明るいハイライトを入れています。それがあってなのか、石畳でなにやら重いような印象のあるこの通りがこの季節だけ明るくなったよう

          ミルクスタンド

           うっかりフルーツ牛乳を横取りしてしまった経験はあるだろうか?  僕はある。  それは、だいたい一年ぐらい前のことだ。  冬の入り口に近い季節らしく、すっきりとした天気は少なく、薄曇りの日が多かったような記憶がある。  そのときの僕は朝御飯を食べたくせに物足りなく、なんかほんの少し、を通勤中の駅で視線をあちこちにやりながら探しているときにミルクスタンドが目に留まったのだった。  ずっと前から存在は知っていたのだけれども、実際にここで買ったことはなく、そこに並んでいる商品も初め

          ミルクスタンド

          ねこじゃらし

           秋風に揺さぶられて、ねこじゃらしが右に左にとあたまを揺らします。  風に押されるままに揺れています。  なにをするわけでもなく、ただゆらゆらと揺れています。  それを不思議そうな顔でのぞいている逃します。カエルです。 「やあ、きみはそんなに揺れてて気持ち悪くならないのかい?」  ねこじゃらしは笑いながら言いました。 「気持ち悪くならないよ、だって、風が全身をなでてくれるんで気持ちいいぐらいなんだ」  カエルはそれを聞いて、もっと不思議な顔をしました。 「そんなにゆらゆらして

          ねこじゃらし

          茸譚

           近所で目にする面々は増えたり減ったりというのを感じないのだが、ニュースで見るには人口減少が半世紀近く続いているのだという。  そのせいなのか、道はがたつき、市役所は雨漏りをし、少し踏み入ったところに入るとスマホの電波が通じない。  ネットもつながらず、あちこちがぼろくなると、幹線道路からちょっと入っただけで世の中から離脱できるようになる。  おっさんたちは「昔ならば考えられない」とか「日本は衰退しきった」なんて言うが、俺たちが生まれる前のことを引き合いに出されたところでおま