ムカデとトカゲ
「あ、足がつった!」と、ムカデがその長い体をグルグルとさせながら後ろの足を前足でさすろうとしています。
空が高くなりだんだんと寒くなる季節、夕暮れになり少し寒くなり始めた頃です。そろそろ落ち葉の陰で寒さをしのごうとして、落ちている枝や小石を乗り越えようとしたときのことでした。
足をさすれる場所を探してかろうじて地面が出ているところを見つけ、そこで輪っかのようになり足をさすります。そうしてグルグルとしていると、それを見ていたトカゲが目を回して水かきのついたその手で目のあたりをゴシゴシペタペタやり始めたのでした。
トカゲは長い舌をペロペロと出したり引っ込めたりしながらムカデの足の動きを見ていると、あれだけの数があるのに足がもつれることがなく、それでいてつった足は一本だけ地面につかないように浮かせてあり、どうやってあの足を操っているのだろうと不思議に思うのでした。
ムカデはというと、つった足をさするのに相変わらずグルグルと体を渦巻くように丸めて、それで足をさすっているのでした。
ムカデが落ち着いた頃合いを見て声をかけます。
「やあ、君の足は多いねぇ、一体何本あるんだい?」
足に気をとられていたムカデはトカゲの方をやっと向きます。
「足の数はわからないよ。すぐに数えられるのは、触覚の数ぐらいだもの」
ムカデは〝百足〟とも書くので百本の足がありそうですが、実際のところはもっとありそうです。
それでトカゲはと言うと、トカゲの足を見つめて数えてみようかどうか考えています。
けれども、その波打つように動く足を丁寧に数えている自分を想像すると、それだけで目が回りそうです。
ムカデは、足がつったのが直ったのか、また石の隙間に戻ろうとしています。
トカゲは帰ろうとしているムカデを呼び止めます。
「君の足はどうなってるんだい?」
聞かれたムカデはどう答えようか考えてしまいました。
どうなっていると言われても、困ってしまいます。
どうもこうも、生まれついてからこの足があって、それで物心がついた頃にはこの足で歩いているからです。
トカゲは続けて言います。
「君の足には水かきがついてないけど、歩くときに不便じゃないのかい?」
ムカデは体を少し曲げて、自分の足を見ながら答えます。
{特に不便じゃないなぁ。いつでも地面に足がついているから高い木に登ろうが葉っぱの裏に逆さまに歩こうが、どこでも行けるからねぇ」
トカゲは、自分の足をまじまじと見つめながら思いました。
この足だと、逆さまになって葉っぱや枝に捕まろうと思ったら、指にめいっぱい力を入れて体を支えなければいけません。
「なんだか、君の足の方が便利そうだなぁ」
ムカデはそれを聞いて、少し得意げになりました。
「この足があると、どこでも行けるんだよ」
トカゲは質問を続けます。
「君は歩くときはどの足を持ち上げようとか、地面につけようとか考えながら歩いているのかい?」
ムカデは少し困ってしまいました。一本一本に命令をしているつもりはありません。
けれども、どの足がどうなっているかはわかっているつもりです。
「うーん、そこまでは考えてないかなぁ。でも、何か踏んだり引っかかったりしたらすぐにわかるよ」
トカゲはしきりに感心しています。
「そんなにいっぱいあるのにわかるっていうのはすごいねぇ」
トカゲは自分の前足や後ろ足を少し動かしてみて、自分の体だったらどうなるだろうと、想像してみるのでした。
いくら考えても、あんなに多くの足を動かして前に進むなんて想像がつかないのでした。
トカゲは自分の前足をムカデから見えるように持ち上げながら言うのでした。
「僕の足は4本だけだけれども、君の足みたいにいっぱいになったらどうしようかって考えたら、どうやって動かしていいのかわかんなくなってきた」
トカゲは軽口のつもりだったのですが、ムカデは少し考える仕草をしました。
たくさんある足の一番前にある足の二本を組むようにしています。
一本連なっている体の頭らしきところも心持ち持ち上げてるような気もします。
「それじゃさ、どうだろ、考えずに歩くことができれば歩けるんじゃないかなぁ」
なにやら、当たり前のことを当たり前に言われているのですが、言われてみれば確かにそうです。
「なにも考えずにって言われてもなあ」とトカゲは困惑しています。
改めて、自分の水かきのついた手とムカデのたくさんの足を見比べてみています。
トカゲは何やら考えがまとまったのかまとまらないのか、とにかく言葉にしてムカデに伝えてみようとしています。
「君の足とさ、僕の足じゃそもそも形や数も違うから、動かし方も違うのかね」
ムカデはそこまでは考えてないのですが、トカゲが何か言おうとしているのでおとなしく話を聞いているのでした。
トカゲは続けます「君と僕とで同じってところはあまりないからねえ」
ムカデはそれの発言をもっともだと思いつつ、考えてみたら当たり前のことを改めて発見し直して感心するトカゲの考えの流れに一緒になって感心しているのでした。
ムカデは今まで聞かれる一方だったので、トカゲに聞いてみようと思いました。
「君はさ、その数えるほどの足でどうやって歩いているんだい?」
聞かれたトカゲはどう答えていいものかわからず、舌をペロペロ出したり、水かきをめいっぱい広げた前足を見つめてみたり、それで目元を少しペタペタたたいてみたりしました。
「どうやってといわれても、普通に歩くだけだなぁ」
そう言うと、トカゲは前足二本で歩くまねをしてみるのでした。
そうやって前足を動かす中で、普通ってどうやるんだろうと思い始めると、自分の足がなにか初めて見るもののような気がしてきて、どうやって動いているのかわからなくなるのでした。
トカゲは「たしかに、普通って言うのは説明しにくいな」とムカデに言うのでした。
ムカデはそれに同調するように「そうだよね。足の数が違うと途端にわかんなくなるけど、自分の足だったらどうとでもなるもんねねえ」と言うのでした。
トカゲは確かにそうだなあ、と思うと、なにか感心したような気持ちになって、舌をペロペロとしながら、その水かきのついた前足で顔をペタペタと何かを拭(ぬぐ)うかのように動かして静かに「そうだねぇ、その通りだ」と言うのでした。