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ファインダーから、クリームソーダと君|掌編小説


残暑だなんて嘘だ。
9月に入っても、まだ暑中のような気温が私に纏わり付いて離れなかった昨日、彼と別れた。

「他に好きな子ができた。」

彼は躊躇いもなく、いとも簡単に私たちの4年間を葬り去った。そしてこちらに向けられたその言葉は鋭いナイフへと変化して、私の剥き出しになった自尊心へグサリと傷を付けた。軽い目眩を感じて俯いていた私は、恐る恐る彼を見遣ると、その眼差しは私を捕らえることを諦め、ただ私のボヤけた輪郭線をなぞっていることが、透けて見えた。

彼の中で私は過去の人になったんだ。

そう思うと、傷だらけの私はどこか腑に落ちる面持ちでカメラに目を向けた。そしてそれをゆっくりと手に取り、残り少ないフィルムでシャッターを切った。

「こんな時に何やってんの!?」

「こんな時だからだよ。」と、私は彼へ簡素に返答して、彼の次の言葉を待っていたけれど、小さく透明な溜息だけが私へ向けられた。わたしはそれに引火するように、ドシャッと想いが溢れ出る。


変な奴だとうんざりされてもいいから。

返事をしてくれなくてもいいから。

会う約束がドタキャンになってもいいから。

電話に出なくてもいいから。

LINEが素っ気なくてもいいから。

遠い目で他の誰かを見ていてもいいから。

それでも私は彼が愛おしい。


とめどなく巡る想いはあるのに、どこか冷静な私が俯瞰している。彼の前に置かれたクリームソーダを見ると、アイスクリームが溶けて一部がソーダと混ざっていた。

「そういうことだから、じゃあね。」

そう言い残して彼は伝票を手に席を立ち、私は声をかける気力もなくて、そのまま彼を見送った。そして私は彼の前にあったクリームソーダを自分の前へ引き寄せて、口にする。口の中が一気に甘さを帯びて、キツイ炭酸が私の喉元を通り過ぎるけれど、何も感じることのない私の心は、それに溶けて無くなったのだろう。

次の日、心が空っぽな私は大学の暗室へ行き、昨日の彼を現像した。そこに写っている彼は、やはり遠くを見据えていて、その輪郭線はボヤけていた。彼の瞳はもう私を写すことはないのだろう。捉えどころのない残影がわたしを襲う。そして咄嗟に頬に熱を持った浅い涙が伝い落ちた。

残暑だなんて嘘だ。
9月に入っても、まだ暑中のような気温が私に纏わり付いて離れなかった昨日、私は彼と別れた。






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