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蝉が鳴くころに 第三話|小説


〈あらすじ〉母が亡くなった。私は母の結婚相手のみっさんと葬儀をしてふたり暮らしをはじめて、それから30歳までみっさんとその暮らしを続けている。そんなある日、彼氏に大事な話があると誘われて海岸沿いをドライブする。



母が亡くなった時の話をすると、タカくんは真面目な面持ちで、時々頷きながらわたしの話を聞いてくれた。母が突然亡くなった喪失感とともに、みっさんが号泣しすぎて笑ったことも話した。

「みっさん、おもろいなあ。」

そういうタカくんに「みっさん、おもろいよ。」と言うと、タカくんは急に鞄の中をゴソゴソして何かを探している。すると、突然目の前に指輪が現れた。

「ボクと結婚しませんか?」

私は心の中で、「今かいな!」とツッコミをしたけれど、そういう空気ではないことはわかっていたので、沈黙したままタカくんを見るといつものふんわりとした笑顔でわたしを見つめている。私はそのプロポーズの言葉が気になったから、

「結婚しませんか?は間違ってないけど、結婚してください。の方が誠意があるような気がする。」

そういうとタカくんは、

「そんなのどっちでもいいよ。どっちにしてもボクはかよちゃんにプロポーズしてんねんで。どうするの?するのしないの?どっち?」

と、クイズ番組みたいに疑問符だらけの質問責めにあった私は、すぐに応えることができなくて、「すこし考えさせて。」と言う。するとタカくんは、目を丸くさせて驚いていたけれど、小さく「わかった。」とだけ呟いて指輪を鞄へしまった。私がすぐ返事ができずにいたのは、みっさんをひとり残してあの家を出ることに躊躇いを感じていたから。私を一生懸命育ててくれたのに、年老いたみっさんをひとりにはできない。なんなら私が看取りたいと思っていることを、気まずい空気が漂うタカくんに告げた。

「よかったー!ボクが嫌で断られると思ったやんか。じゃあ今からみっさんに会いに行こう。」

いつものサドンリーな展開に私はタカくんの胸板を軽く叩く。

「なんでやねん!みっさん家におるかわからんし、行ってどないすんの?」

するとタカくんはいつものホクホクした笑顔を作って、

「みっさんに連絡して!はよう。」

と、催促している。私は「もうーー。」と牛の鳴き声のように声を上げて携帯を取り出してみっさんに連絡すると、今庭仕事をしていらしい。そのみっさんに、「会わせたい人がいるから今から連れて行ってもいい?」と聞くと、

「なんや!誰や!あ!わかった!仲里依紗ちゃうか!(みっさんは仲里依紗ファン)」

と、興奮しているから、「仲里依紗とちゃうわ。楽しみに待っといてね。」とだけ言って、私は電話を切った。その横で動向を窺っていたタカくんは、「仲里依紗…?」と、呟いたが、説明が面倒に感じたので聞いていないふりをして、

「ほないこか。」

と、私たちは蝉が忙しなく鳴く海岸の雑木林を後にした。


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四話へつづく






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