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どうしようもなく、色即是空。


夏の欠片がこびりついているビーチサンダルを履いて外へ出ると、ひっそりと鈴虫の啼く声が聴こえた。先日まで夏全開だったはずなのに、蝉を目で追う幼女も、プールバッグを振り回す小学生も、携帯扇風機で煽られた前髪を気にする女子高生も、いなくなった。きっと夏は、電光石火で晴天霹靂で諸行無常で、少しの塩っぱさを残して過去へと変化したのだろう。

秋へとつづく空気はさっぱりとして心地良い。風がしゃらしゃらと木の葉をゆらしてその姿を現すと、ビューッと音を立て転がって行く。

どうしようもなく色即是空、みたいな気分で視る景色は隅々まで泰然としていて、空っぽの心へ沁みる。山の緑が深々と視界を覆うと、ふと我に返り、脆弱な感傷に浸っていた自分を嗤う。

そのまま散歩へ出かけようか、と思ったけれど、調子がイマイチなので散歩は諦めて家へ入り、愛猫と遊ぶ。他愛のない駆け引きに癒されて少し元気になった。

私は、こういう他愛のないことを紙のノートへ書いていた。けれど、それらはすでにない。母が捨てたのだ。以来、紙のノートへ書くことをやめてnoteへ書いている。

日常の切れ端の記憶が曖昧になる前にジップロックへ入れて瞬間冷凍するように文字へ残す。そうすると、心の内側が整理整頓されて心地がいい。そして、いつかそのことを忘れていく。忘れるっていいよね。だって、過去に囚われてると変われないじゃん。だから私は書いて何度でも忘れていく。その繰り返し。夏は実感を伴って肌へ灼きついていたのにすっかり秋になり、そのことも忘れていく。忘れていくことは今を生きることだと思う。

そういえば、去年の8月に小学生たちが会話をしていたことを思い出す。




色即是空。自分の外側に立って自分の感覚を超えていく。

さようなら、夏。
こんにちは、秋。









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