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睡 魔|掌編小説


春の生温い夜風が、僕の顔に付属されている器官をねっとりと撫でるように通り過ぎた。その透明な膜を剥ぐように左手で頬を摩ると、それは簡単に剥がれて地面の上へポトリと落ちた。今日も明日も徹夜だから、睡魔を拭うために地下街の喫茶店へ入り珈琲を飲んでいたら、いきなり僕の前に少女がやってきて、「これあげる。」と、掌を開けるとキャラメルだった。マスターの孫だろうかと思い、僕は「ありがとう。」となるだけ笑顔を作りながら受け取ると、その少女は僕の前の席に腰をかけてこう呟いた。

「あなたの願いをひとつだけ叶えてあげる。」

僕は子供のお遊びに付き合うことになったのかと、心の中はげんなりとしながら、

「そうだなあ、じゃあ眠くならないようにしてほしい。今日も明日も大事な仕事で徹夜なんだ。」

と、僕はそう言いながら女の子を見ると、大きなノートを開いて、僕の願い事を書いていたが、えらく達筆だったので「硬筆を習っているの?」と聞いたけれど、無視をされたけれど僕は構わずに、「きみは誰なの?」と、聞いてみると少女は「わたしは悪魔です。」と、だけ呟いただけで、ノートから視線を外さない。僕は珈琲を一口啜ってから、煙草が吸いたくなったけれど、少女がいるので諦めて、さっきもらったキャラメルを口の中に入れて食べ始めたら少女が、

「これであなたの願いが叶いました。」

と、にこりと笑って席を立ち、何処かへ行ってしまった。それから会社へ戻り、その日もその次の日も一切眠ることはないのに、いつもより身体は軽くて、全てが快活だった。やっと帰宅ができる日になり、僕は21時きっかりで退社の打刻を済ませて、帰宅した。湯船にゆっくりと浸かり、リラックスしてお風呂上がりにビールを飲んだ。テレビを観ながら横になるのに、全く睡魔がやってこない。結局、その日も、その次の日も、僕は寝ることが出来なくなってしまった。







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