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蝉が鳴くころに 第四話|小説



〈あらすじ〉母が亡くなった。私は母の結婚相手のみっさんと葬儀をしてふたり暮らしをはじめた。それから30歳までみっさんとその暮らしを続けている。そんなある日、彼氏のタカくんに、大事な話があると誘われて海岸沿いをドライブする。そのときにプロポーズされたけれど、タカくんが突然みっさんに会いたいと言いはじめる。


みっさんが待つ家へ到着すると、タカくんは妙に緊張しはじめた。「髪型変じゃない?」とか「スーツを着た方がいいんじゃない?」とか恋する女の子のようなことを言い出して私を困らせる。

「みっさん、そんなこと気にせんと思うよ。」

と、いうと、「それほんま?」と、タカくんは車窓に反射する自分をいろんな角度から観察して、最後に「よっしゃ!」と、気合を入れたけれど、声が裏返っていた。玄関に入ると、

「お邪魔します!」

と、元気に声を出したまでは良かったのに、最後の「します!」のところでまた声が裏返っていた。私は堪えていた笑いが溢れ出てしまうと、横にいるタカくんはキョトンとした顔で私を見ている。

「ごめん笑ってしもうた、どうぞ上がって。」

と、私は涙目で話すとタカくんは神妙な面持ちでスリッパを履いた。こんなに真剣な表情で、スリッパを履く人がいることに少し驚きながら、廊下を歩いて居間へ入るとみっさんはテレビを観ながらビールを飲んでいた。

「おっ!おかえり!なんや、仲里依紗ちゃうやんか、男やし、残念やなあ。」

そう言うみっさんにタカくんは真面目に頭を下げた後、長い挨拶をはじめた。するとみっさんは、

「タカくんだっけ?いつもかよちゃんがお世話になっております。挨拶はそのくらいにしといて、ビール飲める?」

と、ゴールデンレトリバーのような笑顔でタカくんに話しかけた。

「は!はい!よろこんで!」

タカくんは居酒屋の店員さんの合言葉のような返事をしてみっさんの近くへ座ると、みっさんにお酌をはじめたので、私はふたりの様子を窺いながら、ビールを飲んだ。

するとみっさんは、グラスに入ったビールの泡だけを飲んでから、

「タカくん、ボクのことはお父さんとかパパって呼ばんといてな。みっさんでええからな。」

と、言うと、タカくんは正座したまま、元気な返事をした。すると、今度はタカくんがみっさんに話しかけた。

「みっさん、ひとつ質問してもいいですか?仲里依紗さんがお好きなんですか?」

タカくんが言うと、みっさんの目がキラキラと輝き出して、

「おっちゃんな、仲里依紗のファンやねん。それでな、仲里依紗のいいところが1,000個くらいあって、…」

と、そのまま放っておくと、永遠に仲里依紗を語り出してしまうので、私が間に入って、みっさんとタカくんとの共通の趣味であるキャンプの話をした。するとふたりは、あーでもないこーでもないと、ビールを飲みながら話をしはじめた。ふたりともがほくほくと笑っている姿を見ると、ふと、私がなぜタカくんを好きになったのかわかった気がした。そんなことを感じていたら、タカくんは、

「お父さん!いや、みっさんと呼ばせてください!あの!突然ですが、かよさんとボクと一緒に住みませんか!?」

と、いつものサドンリーな展開に持ち込んだ。みっさんはタカくんを目玉が飛び出るくらいに見ていて、言葉が出てこない様子だった。すると、タカくんは続けた。

「ボクが思うに、家族って最初は血の繋がりのない赤の他人同士なんですよ。それが他人同士そばにいて、支え合いながら家族になっていくとボクは思うんです。だから、みっさんとかよちゃんとボクの三人で家族になりませんか?」

そう言った後に、タカくんはビールをグイッと飲み干した。みっさんと私はそのタカくんの様子に見惚れてしまった。そして、先程タカくんの言葉が庭先で鳴いている蝉の声と一緒にこだましている。

三人で家族になりませんか?





五話へつづく





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