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喪服 1/2

         

「つまり、男の夢は喪服に集約されるわけだよ」
あの日、会社の先輩の森岡さんは、ワイングラスにわずかに残った日本酒をしたたかに飲み干してからそう言った。僕らはニヤニヤしながら、森岡さんの話を聞いていた。
「でも喪服とかマイナージャンルじゃないですか。しかも昭和っぽいですし。古臭い官能小説って感じ。風俗で喪服のコスプレを扱ってる店なんて聞いたことないですよ」
と内山が茶化すように異を唱えた。森岡さんは軽く微笑んで、まるでわかってないというように大仰に首を横に振った。
「喪服は歴とした一ジャンルを築いているよ。FANZA(18禁のポータルサイト)で検索すれば多くの新作がヒットする。古いんじゃなくて古典(クラシック)なんだな。それに数は少ないけど、喪服未亡人専門の風俗店だってちゃんとある」
「何ですかその喪服未亡人って? 未亡人が相手してくれるんですか?」
すかさず内山が右目を大きく開いて、隣の森岡さんを挑発するように言った。
「未亡人という名のただのババアが出てきそうだよな」
井口が内山に加勢して口を挟んだ。僕らは少年のように無邪気に笑った。
森岡さんは溜息を吐いて、
「まぁいい。喪服にどれだけロマンがつまっているのか、いい機会だから頭の悪いお前らにもわかるように教えてやるよ」
と半ば本気になって語り始めたので僕らは尚更可笑しかった。

のっけから下卑た話で恐縮だが、自己弁護のためにも言っておくと、僕らはいつもこんな会話しているわけではない。男同士で話をしていると、何かの拍子にこの手の話題で盛り上がることがままある、というだけだ。
あの日は、会社の全体会議が終わって、僕ら若手社員を束ねる森岡さんに連れられて、彼の馴染みの会員制の鮨屋でご馳走になった。その後、女子社員をタクシーに乗せて帰宅させて、男性社員四人だけで二次会へと繰り出してきたのだった。二次会に参加した僕を含む若手三人はアルコールを飲まない。体質的に飲めないのではなく、三人とも酒に酔うことがあまり好きではないので、強いて飲まないだけである。だから二次会といっても森岡さんが一人で飲んでいるわけだ。とはいえ、無理やり森岡さんに付き合わされているわけではない。僕らは自らの意志で森岡さんに付いて行っているのである。

あのときは名目上、森岡さんのMVP受賞を祝しての集いであった。半年に一回開催される国内の社員を集めての全体会議で、森岡さんは約1000人の社員の中から見事MVPを受賞したのだ。一年前にも受賞しており、数年前には敢闘賞、新卒の時は新人賞も受賞しているから、ここ数年の全体会議の授賞式の常連と言ってよく、森岡さんのことを知らない社員はほとんどいないのではないかと思う。
事実森岡さんは我が社のトップ営業マンであり、まだ役職にも付いていない二十代でありながら1000万プレイヤーである。つまり、僕ら若手営業マンにとっては憧憬の対象である同時に目指すべき目標なわけだ。そんな憧れの先輩との社外での付き合いはプラスにこそなれ、決してマイナスにはならない。実際、彼はありとあらゆることに精通した無限の引き出しを持つ雑学王で、ただ話を聞いているだけで勉強になることが多い。が、そればかりではない。会社を一歩出れば森岡さんは一切仕事の話はしないが、なるほどこの人は売れるはずだと否が応にも納得させられるのだ。ずばりヒアリング能力が抜群に高いのである。明らかに森岡さんの守備範囲外の話題であっても、我が事のように身を乗り出して聞いてくれるのだ。森岡さんと会話をしていると、誰もがついつい気持ち良くなって口数が多くなり、たとえ普段寡黙な人であってもふと気づけば自分の話ばかりしている。気づいた時はすでに遅く、親しい友人や親兄弟にさえ打ち明けたことのない極私的な話や、場合によっては墓場まで持っていかねばならない秘密まで胸襟を開いて赤裸々に告白してしまっていることもあるのだ。
以前、そのことを指摘したら、意外にも森岡さんは笑いながら、実のところ十のうち二か三程度しか話の中身は聞いていないと白状した。あらゆる人の話を一から十まで集中して聞いていたら、とてもじゃないが疲れてしまって身が持たない。だから、話のポイントだけしっかりと掴んでおいて、後は聞き流しながら聞いているふりをしている。そして、ここぞという時に急所をつくようなレスポンスを入れるのだそうだ。それも、ただ相手のいうことを肯定するのではなく、やんわりと否定のスパイスを配合して反応することが時には重要であるらしい。相手がいささか感情的に自説を主張してきたらしめたものだ。そこではじめて、相手の意見をあますことなく肯定してやると、雲一つない青空のように相手の気持ちが晴れやかになるのだという。そういうことを積み重ねていけば、おのずと主導権はこちらに渡り、その相手との交渉を有利に運ぶことができる。そうなれば、あとは何とでも料理できるものらしい。
「俺はこのスキルを落語から学んだ。一流の幇間はこのスキルを身につけていたそうだよ」
と森岡さんがしみじみと言っていたのを今でも覚えている。

けれど、酒を飲まない僕らがすき好んで森岡さんの飲みに付き合っているのは、仕事やプライベートで使える交渉術について勉強になるから、という理由だけでなく純粋に彼との会話が気持ち良かったからだ。森岡さんとの談笑は麻薬のような中毒性があったのだ。要はそれほど彼のコミュケーションスキルが長けており、また彼自身にも魅力があったのだと思う。あまつさえ、普段僕らが行けないようなお店に連れて行ってくれるのだから彼と付き合わない理由はないのである。

          ✳︎

あの日、いつも聞き役に徹する森岡さんにしては珍しく、彼の信じる持論を自ら積極的に展開したのだった。いわば、「喪服はエロスの最高峰」という仕様もない持論である。
そもそもどうしてそんな話に転んだのかといえば、四人でたわいもない会話をしていた折、先日配信されたばかりのNetflixのホラーシリーズが期待に反してつまらなかったと僕が言うと、同僚の井口が「ホラーといえば」と唐突にある怪談めいた話を語ったことに端を発する。井口はやや声をひそめて話をはじめた。

「最近、中学の同窓会があったんですよ。その席で誰かがクラスメートの一人のことを尋ねたんですね。『Sは来てないのか?』と。すると、副幹事が『連絡がつかなかった』と言ったんです。さらにSと同じマンションに住んでいた女の子がいうには、卒業後もたびたび顔を合わせていたが、ある頃からめっきり見かけなくなったらしいんですね。マンションの住人の噂によると、高校に進学したものの引きこもりになり、ある日ふらっと出かけまま帰らず、現在に至るまで行方不明だというんです。
それでそのSなんですが、彼についてこんな話を思い出したんです。ことあるごとに、喪服の女が彼の前に現れるようになったらしいんですよ。最初にその女が現れたのは、Sの記憶では小学二三年生の頃の運動会だったというんですがね。運動会でソーラン節だかよさこい節だかを踊っていた時、じっとSを見つめる視線に気づいたんです。それが喪服を着た見知らぬおばさんだったというわけです。心なしか片笑んでいるようで、踊りが終わるまでずっとSだけを見ていたというんですね。Sはお葬式みたいな真っ黒な服なんか着て変なおばさんだなぁと思っていたというんですが」

井口は話を続けた。
それからSはたびたびその喪服の女と遭遇することになる。
授業参観の折、自分の親が来てるのか確認するために教室の後を見ると、親の代わりに喪服の女がいて、やはり微かに口元を歪めてじっと彼を見つめていた。クラスの誰かの母親かとも考えたが、Sばかり見つめていることを不審に思っていると、いつの間にか女はいなくなっていた。
夏休みの家族旅行の旅先で見たこともある。ホテルの廊下ですれ違ったのである。びっくりして振り返ると、喪服の女も立ち止まってSを見ていた。
通学時に追い越していくバスの中からSを見つめていたことも、歯医者の待合室で出くわしたこともある。決まって女は着物の喪服を着ており、ほのかに笑みを浮かべながら彼を凝視していた。頻繁に出くわすわけではなく、忘れた頃に不意に現れるのだ。
そればかりではない。両親が親戚の集まりに出かけていた夜、Sは一人で遅くまでゲームをしていたことがあった。親から買い与えられていた携帯電話が震えた。何も考えずに、ゲームをしながら電話に出ると、電話の相手はだしぬけに「お父さんとお母さんはお通夜に出かけられましたか?」と言う。中年の女の声である。一瞬戸惑ったが、お通夜ではなく親戚の集まりに出かけているとSが応えると、そのまま電話は切れた。番号は通知されていたが、知らない番号だったのでそのときはただの間違いだと思った。それからというもの、正体不明の中年の女から電話がかかってくるようになった。それも狙ったようにSが夜一人で家にいるときに限ってかかってくるのだ。「出棺は何時でしょうか?」とか「ご遺影の準備はお済みでしょうか?」など不吉なことばかり聞いてくるのである。
Sは四回目の電話に出た時に、ようやくたびたび遭遇する喪服の女と電話の中年の女がリンクした。かかってくる番号はその都度違ったが、Sからかけ直したことはない。登録されていない番号からの受信ができないように設定してからは、中年の女からの気味の悪い電話はかかってこなくなった。
しかし、それからも喪服の女は依然としてSの前に現れ、中学校に進学しても続いていた。そして高校受験まであと1ヶ月というとき、Sは決定的な体験をすることになる。居間の炬燵で受験勉強をしている際に、うとうとしてそのまま寝てしまったことがある。夜中に誰かが炬燵に入ってくる気配がした。きつい香水の匂いがしたので、母親だとわかった。炬燵で寝てしまったことを咎められるかと思っていたが、何も言ってくる様子はない。このまま寝かしてくれるならありがたいと炬燵で丸くなっていたが、あまりにも香水の匂いがきつく、だんだん目が冴えてきてしまった。やむを得ず自分の部屋のベッドに寝ようと思い直して起き上がった。香水臭い母親には文句の一つでも言ってやろうと考えていた。
Sは冷水を浴びせられたように怖気たった。喪服の女が炬燵に入っていたのである。喪服の女はニヤニヤしながらSを見ていた。驚いたSは炬燵に思いきり足をぶつけながらも這うようにして逃げ出した。

「Sは寝ていた両親を叩き起こして、一緒に居間に戻ってみたらもう喪服のおばさんはいなかったそうです。結局、Sが寝ぼけていたということで片付けられたようですが」
井口はどこか勿体ぶった口調でそう言った。
「それで? どうした?」
内山が胡散臭そうな目つきをしながら言った。
「いや、そういう話だってことだよ」
井口は笑いながらもいくぶん機嫌を損ねたように応えた。
「そのSは今も行方不明なんだよね? Sが失踪したことと喪服の女は何か関係あるの?」
井口は僕の問いに知らんという風に両の掌を天に向けたが、ややあって、
「ただ不思議なのは」
とまた少し声をひそめて続けた。
「何で俺がこの話を知っているのかということなんですよね。だってSと俺は全然仲良くなかったし、まともに話をしたことさえなかったんですから。そもそも、Sの存在さえ忘れてたぐらいなんです。同窓会のときにもこの喪服の女の話をみんなにしたら、知ってる奴はいなかったんですよ。みんなそんな話初めて聞いたって。だから別の人から又聞きしたとも考えにくいし」
「本人から聞いたことを忘れてるだけだろ。特別仲良くなくたってそういう話することあるじゃん」
内山が興味なさげにそう言うと、井口はしばらく考えていたが、
「いやそれはない」
ときっぱり否定した。
「じゃあ他の奴から聞いたんだろ。お前に話をした奴もそのことを忘れてるだけだよ。もしくは同窓会に参加してない人から聞いたのかもしれないし、他のクラスの人から聞いたのかもしれない」
とうんざりしたように内山は言った。今度は井口も反論しなかった。
沈黙があった。井口のナッツを咀嚼する音が妙に煩く感じた。
「とにかく」
黙って聞いていた森岡さんが初めて口を開いた。
「羨ましい話ではあるな」

          ✳︎

「そのS君という彼は潜在的に喪服の女を求めていたんだろうな。だから引き寄せたんじゃないかな。今頃、その喪服の女とうまくやってるさ」
と森岡さんは感慨を込めて言った。内山が唖然としながら、
「森岡さん、喪服が好きなんですか?」
と訊いた。森岡さんは特に表情を変えずに、
「当たり前だろ。喪服が嫌いな男なんているかよ」
と返した。のみならず、Sのように自分も喪服の女にストーキングされてみたいと言い出しのである。僕らが呆気に取られたのはいうまでもない。
「でも井口の話ぶりからすると、その喪服のおばさんって生身の人間じゃないと思うのですが」
井口の話を信じていない素振りを見てせていた内山が言った。
森岡さんはお店のマスターに酒の追加オーダーをしてから、
「人間だろうがお化けだろうがどっちでもいいだろ。喪服さえ着てれば」
とこともなげに言った。
「いやいやないわぁ。喪服とか普通にきめえし」
井口が本当に嫌そうに顔を歪めた。
「それに得体の知れないババアですよ? どんだけ特殊な趣味してるんすか?」
「ババアってその女いくつぐらいなの? えっ? 五十ぐらいか。そこまでいくと、さすがにきついな。四十ぐらいまでだったらウェルカムだよ。喪服を着てればな」

思いがけない森岡さんの喪服フェチのカミングアウトに面食らいはしたものの僕らは少なからずはしゃいでいた。思い返してみると、森岡さんが自身の性癖について僕らに打ち明けたことは今まで一度もなかった(僕らの性癖は彼のヒアリングスキルによって丸裸にされていたけれど)。
結局のところ、僕らにもやっと心を開いてくれたようで嬉しかったのだと思う。だから僕らはまるで友達を揶揄(からか)うように先輩である森岡さんのマニアックなフェチズムを親しみを込めて嗤ったのだ。いつになく森岡さんは若干ムキになって僕らに噛み付いてきた。
こうして森岡さんによる喪服の魅力についてのいくぶん熱の入った講義が始まったのである。

喪服に抗し難い魅力があるのは当然ちゃんとした理由がある。一言でいえば、それは「死」だ。「死」がすべての官能の源なわけだよ。だがお前らには何のことだかさっぱりわからないだろうから噛み砕いて説明してやろう。
まず喪服は父性本能を刺激する機能があるんだ。
不幸な女や可哀想な女を見ると、その女の力になりたい、守ってあげたいという本能が刺激されることがあるだろう。例えば、歌舞伎の世界で三代目尾上菊次郎(大正時代の女方)は出番の前に冷水で手を冷やしていたそうだよ。菊次郎の冷たい手を握る相手の男優は、自然と父性本能が刺激され真に迫る演技ができるというわけだ。実際、男を落とすときにはあらかじめ冷やしていた手を握らせるという方法があるらしい。要するに「神田川」の世界だな。この冷たい手をそっくり全体で表象しているのが喪服なんだよ。殊に後家、未亡人はこれに当てはまる。愛する夫を亡くしたばかり女、やつれた青白い顔、ほつれた髪の乱れたうなじ、そういった弱り切った女を喪服というアイテムはこの上なく完璧に演出し、男の父性本能を刺激するわけだ。だから喪服フェチには女を守りたいという男らしい男が多いんだ。逆にいえば喪服に全く性的なものを感じない輩は男の欠陥品だと俺は思うね。
次に生物学的理由がある。すなわち「種」の保存本能だ。喪服、葬儀、鯨幕、供花といったものは必然的に人に死を連想させる。人は死を意識すると本能的に自分の「種」を残したいと感じるものだ。自殺志願者にレイプ犯が多いのはそのためだ。自殺するつもりで富士の樹海に入った男が他の自殺志願者の女を見て欲情し、強姦してしまうことがしばしばあるらしい。死ぬ前に自らの種を残したいという生物としての本能が働いているのだろう。この種の保存本能を喪服は呼び起こすため、喪服を着た女は桁違いに扇情的に見えるのだ。エロス(生もしくは性)はタナトス(死の欲望)と表裏一帯というわけだ。
さらに忘れてはいけないのは、喪服は根源に背徳性を据えていることだ。背徳性なくしてはエロは成立しない。例えば、お前らが大好きなJKの制服やナースなどの低次元のコスプレ趣味でさえこの背徳性は作用している。
制服は未成年の象徴だし、ナースの白衣は看護師の気高さを表している。いずれも「性的な目で見てはいけない」という暗黙の了解があるが、このタブーを侵犯することにえもいわれぬ愉悦があるわけだ。このことを前提に喪服を鑑みれば、喪服に劣情を抱くことは人として決して許されない背徳性があることがわかるだろう。なぜなら喪服は人の「死」の尊厳を表しているからだ。お前らは見たことないだろうが、「男はつらいよ」シリーズでこんな場面がある。寅さんのバイ仲間であるポンシュウが「喪服着た女はたまらねぇな。なぁ寅?」と寅さんに同意を持ちかける。寅さんは神妙な面持ちで応える。「仮にだ。お前が死んで葬式の時、お前の娘が喪服を着てボロボロ泣いているのを、どっかのスケベ野郎が、どーだい、いい女だなぁ、そう言ったら、棺桶の中のお前は腹がたたねぇのか?」
この寅さんの科白が全てを語っている。悲しみに打ち拉がれている喪服の女に欲情することは、その女のみならず、悲しみの対象である死者までをも愚弄することになるのだ。これほど人倫の道に背くことはない。人間だけが唯一死者を弔うことができるにもかかわらず、それを浅ましい欲望によって蹂躙(ふみつぶ)すのだから。これはある意味間接的な屍姦とさえいえる赦し難い不徳義だ。だからこそ、喪服はエロティシズムの頂点に立つのだ。そして、かくのごとき背徳性にとどめを刺すのが「裏切り」だ。

そこまで語ると、森岡さんは科白を終えた役者のように口を閉ざしてしまった。
基礎的な知識の欠如を思いこみで補填すような森岡さんの粗い論旨に僕はいくぶん拍子抜けしていた。論の続きを待っていたとおぼしき井口が耐えかねて尋ねた。
「その裏切りってのは何なんです?」
森岡さんは懶げに深く息をついた。そこまで説明しないとわからないのかという風に。
「つまりあれですよね? 愛する者への、死者への裏切りってことですよね? 例えば、未亡人が心では亡き夫を愛していながら、体の欲望を抑えられずに他の男に溺れるみたいな」
代わりに内山が応えた。
「それって昭和の世界観そのものじゃん」
と井口がせせら笑った。
森岡さんは僕らのリアクションを見て、喪服の啓蒙が徒労に終わったことを自嘲するように微笑んだ。しばらく黙ったままワイングラスの日本酒を嗜んでいたが、何を思ったか不意に僕にスマホを見せた。その仕草はあたかも酒を一杯すすめるようだった。
スマホの画面には喪服の女が表示されていた。しどろに黒髪を乱した喪服の女は、うなだれつつもどこか微熱を帯びた物憂げな秋波(ながしめ)をこちらに送っている。僕は森岡さんに視線を移した。森岡さんは若干引き気味の僕を涼しげな目でじっと見返して、無言のままこう言っているようだった。

「な? 喪服っていいだろ?」

翌日、森岡さんは自殺した。

                続く

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