おしゃべりは、いつもふたりで(6)

『とっておきの休日~前夜の狂乱』

 仕事からの帰り道、かの子は乗り換えついでに駅ナカでお惣菜を買った。
 トマトとアボカドのサラダを200グラム、小さなハンバーグをふたつ、ブルーベリーのパンと塩パンがひとつずつ、チキンとチーズのグラハムサンドを1パック。
 飲み物は家の近くのコンビニで買おう。両手首にぶら下げたたくさんのビニール袋を見てそう思ったのに、紅茶のリーフを量り売りしている店の前で足が止まってしまった。
〈ダージリン ファーストフラッシュ、入荷しました〉
 もう、そんな時期か――かの子はため息をついた。
 ファーストフラッシュとは春先に収穫された一番摘みの茶葉で、5月には日本国内に出まわるようになる。
 一種独特の葉の香りがかの子にとっては好ましく、大地の力を分けてもらっているような気分になれる初夏の風物詩だ。
 値段は少々お高めだが、今の自分の状態ならばそれも許されるのではないか。かの子はビニール袋をいくつもひっかけたままの手で、残高の少なくなっているであろうICカードをカウンターへと差し出した。


「た、ただいま……!」
 玄関からいつもとは違う声色と物音が聞こえてきて、きなこはすかさず耳を倒した。
「なにかしら」
「かの子が帰ってきたんだろう?」
 道明寺は平然としているが、きなこは違和感を感じ、いつでも逃げられるようにとりあえず手近なキャビネットの上へと飛び移った。
 ビニール袋のガサガサ鳴る音が3種類、いや4種類まざりあっている。
 ボコ、バコ、と空間に響くような音は、ダンボール箱だろうか。
 サラサラと静かな衣擦れはかの子が最近よく使っているエコバッグだろう。
 そこまできなこが聞き分けたとき、リビングルームのドアが開いた。
「たっだいまぁ! ああ、やっと休みだぁ!」
 突然の大声に、道明寺は慌てふためいてケージの中の小部屋へ身を隠した。
 きなこはもう一段高い場所へ移動しようとして、やめた。
 開け放たれたドアから玄関の方を見ると、玄関マットの上にアマゾンのダンボール箱がふたつ、ナントカカメラのクッション封筒がひとつ、その横にぐしゃぐしゃになったダイレクトメールがうち捨てられている。
「すごい荷物ね。なんで、いっぺんに運んできたのかしら」
 きなこは独り言を言ったつもりだったが、偶然にも返事はあった。
「今日は家に着いたら明後日の朝まで絶対家から出ない、って決めてたからさぁ、大変だったわ。指もげるかと思った」
 かの子はそう言って、わははと大笑いした。
「きなこ、見て見て。パンでしょ、サンドイッチでしょ、サラダにハンバーグに紅茶! あ、あとね、コンビニで新しいアイス見つけたから買ってきちゃった。それから、これ……じゃーん! やっと借りてきたよ、『軍師官兵衛』のブルーレイディスク!」
 いつも低空飛行のかの子の尋常ではないテンションの高さに、道明寺は逆に興味をもったようで、おそるおそる小部屋から顔をのぞかせている。
 それに気づいたきなこは黙ってうなずいてみせた。
 かの子はまだしゃべり続けている。
「これが放送されていたとき、ちょうど転職したばかりでテレビなんて見る余裕なかったんだよね。でも今は、少しだけど、ご運が開けたからね、私も。いやあ、10連勤、ほんとがんばったよ、私! お風呂入ってこようっと! いや、その前にキミたちのごはんか。あっはっは!」
 かの子は上着をダイニングチェアの背にひっかけ、靴下はその辺に転がしたまま、キッチンへ消えていった。
 道明寺はやっと全身を小部屋から出して、鼻から息を吐いた。
「かの子でも、あんなにしゃべることがあるんだな」
「ちょっとびっくりしたけど……でも、そうよね、このところお仕事続きだったもの、かの子ちゃん。疲れてるんじゃないかしら」
「明日は休みなのか」
「そうらしいわよ。たくさん食べ物用意してたし、何もしないで過ごすつもりじゃないかしら」
「俺は……もふもふさせてやった方がいいだろうか?」
 道明寺の鼻のまわりの白い毛がヒクヒク動いている。
 ふふ、ときなこは笑った。
「いいかもね」
 かの子の異様なまでに楽しげな雰囲気が伝染したのだろうか、道明寺もきなこも、心地よいざわめきが胸いっぱいに広がってゆくのを感じた。

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2018/05/29 初稿

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