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トンデモ『過保護』医療⑤〜物理療法とトリガーポイント注射〜

常套句、
「リハビリしましょう」
「注射打ちましょう」

首や腰が痛くて整形外科にかかったところ、「リハビリしましょう」と牽引やら電気治療やらマッサージやらウォーターベッドやらホットパックやらなどの処置(いわゆる「物理療法」)を受けたり、「注射しましょう」と痛いところに注射(いわゆる「トリガーポイント注射」)を打ってもらっている患者さん、世の中にかなりたくさんいると思います。

これらの治療は、日本の整形外科ではほぼスタンダードとみなされています。というか、患者側も医療者側も、そこに違和感を覚えていない人がとても多いです。

なんかここのところ毎回同じパターンでアレなんですが、
欧米諸国の整形外科診療現場で、これらの治療行為を見たことがありません。少なくとも私が海外で見てきた限り(日本以外のアジア諸国は知りませんが)、湿布や膝のヒアルロン酸と同じく「物理療法」や「トリガーポイント注射」を整形外科で(しかも保険診療で)行うのは、日本特有の医療文化です。


「物理療法」=「リハビリ」?

冒頭に述べたように、整形外科の(特に病院よりも)クリニックで、「リハビリしましょう」といってとりあえず行われるのは「牽引」「ホットパック」「電気治療」「マッサージ」(これらの総称が「物理療法」)で、いわゆる「理学療法」や「作業療法」よりも圧倒的に多いのではないかと思います。
(このあたりのデータは取れないので裏付けは困難ですが…)

誤解が蔓延しているので、ここではっきり言わせてもらいますが、

「物理療法」は「リハビリ」ではありません。

「リハビリ」=「リハビリテーション」の語源に関しては、検索すればすぐに出てくるので割愛しますが、それに一対一で対応する日本語の単語はありません。強いて言えば、「もともと持っていた機能を取り戻すこと」といったところでしょうか。

整形外科の医療現場の常識として、「物理療法」ではなく「理学療法(PT, physical therapy)」や「作業療法(OT, occupational therapy)」が「リハビリ」とほぼ同義で用いられることが多いですが、これら理学療法や作業療法は運動機能回復を目標とする「リハビリ」のための手段です。
ちなみに前述の「物理療法」は、その場の痛みを少し和らげてくれるかも知れませんが運動機能は回復しないので、「リハビリ」でもなければその手段にもなりません。

これらを踏まえると、
「リハビリをしましょう」と言って、理学療法や作業療法をするのではなく牽引やマッサージや電気治療をしていたら「ちょっとおかしい」わけです。

そもそも診療報酬点数の項目として「運動器リハビリテーション」が理学療法と作業療法に対して算定されますが、「物理療法」という項目はなく以下の3種類から成る「消炎鎮痛処置」という項目が適応されています。
1 マッサージ等の手技による療法
2 器具等による療法
3 湿布処置 
このうち1か2が「物理療法」に相当すると思います。そもそも保険適応であることに疑念を持ってしまうことは言うまでもないのですが、3の「湿布処置」ってのが存在していること自体も「???」です。
「痛み止め」としてよく内服される薬剤と同一成分を含んだ湿布をペタっと貼るとただの「痛み止め」ではなく「消炎鎮痛」効果を得られる処置とみなされるんですね…。分からないことだらけです。

トリガーポイント注射ってナニ?

患者さんが痛いと言っている部位に局所麻酔薬を注入するだけの注射です。
特にテクニックは要せず、アルコール綿でさっと皮膚を拭いて、そこに針を刺して注入するだけ。薬液が入る深さは、人によって皮下脂肪の厚みが異なるので、皮下脂肪層内だったり、筋膜周囲だったり、筋肉内だったり、場合によっては骨の表面や関節内だったり。

医師の判断でステロイドを混ぜていれば消炎作用も多少期待はできますが、そうでなければ局所麻酔薬だけなので、理屈で考えても(考えなくても)、長期的作用など期待できず病態を治す処置とはほど遠いものです。

それにしても、
「トリガーポイント注射」って響きは格好いいですし、効きそうな気がしますよね。いっそのこと「ただ単に痛いとこに局所麻酔打つだけ注射」という名前にすれば、もっと打ちたがる患者さんが減りそうな気がします。

(このあたり、整形外科的な視点からの完全な私見です。痛みを和らげる治療を専門にされている麻酔科・ペインクリニック領域の先生方の見解が違うことは承知していますし、その見解を否定する意図は一切ありません。あくまで、整形外科医として診療している中での解釈です。)

かかる医療費は?

物理療法を行なった際に保険請求できる項目は「運動器リハビリテーション」ではなく「消炎鎮痛処置」です。
前述の通り1〜3の項目がありいずれの項目も350円ですが、1項目のみ請求可で複数同時算定は不可なので、350円のみ。1割負担で35円、3割負担で105円。効果はともかく、これでマッサージ受けたりできるのであれば、ある意味すごい価格です。

トリガーポイント注射は、適当に打つ注射とは言えさすがに医師がする注射で、手技は800円。使用される代表的な局所麻酔薬剤の薬価は310円。合計1,110円であり、1割負担で111円、3割負担で333円。一度に複数箇所打っていても同じです。患者さんからすれば、物理療法よりは高いですが、でも痛みを少し和らげる注射をしてもらってその価格は安いと思います。

物理療法とトリガーポイントで医院が儲かる?

それぞれ診療報酬としては相当低額であり、多めに見積もっても、物理療法を100人に施行して35,000円、トリガーポイントを50人にひたすら打って55,500円。、クリニックの売上全体からすればごく一部で、大した利益になりません。

じゃ、なぜやる?

マッサージ以外の物理療法を行うには、案内係が一人いれば事足りるのでスタッフの労力もわずかです。
トリガーポイント注射は医師が打つとは言え1回あたりの注射にかかる時間はせいぜい10-15秒。それを目的に来ている患者さんは、注射さえしてもらえればさほど話すこともないので、医師とスタッフの労力的にもわずかで効率は良いです。
お分かりの通り、物理療法もトリガーポイント注射も、(効果の程はさておき)患者側の金銭的負担も医療者側の労力的負担もごく軽いwin-winの関係の治療なわけです。

しかも、

これらの治療だけで帰る患者さんは一部であり、多くの方がほかに診察や検査や注射や処方などを受けていきます。(来たついでにシップを出してもらったり膝にヒアルロン酸を打ってもらったり。悪く言えば、長期的な効果など期待できないが大して害もない治療のパッケージ。治りもしないのでリピーター化します。)

本気で必要と思って物理療法やトリガーポイント注射をしているのか?

そもそも整形外科領域において、医学生時代にも整形外科研修の時期にも物理療法やトリガーポイント注射について、深く学ぶことはありません。なので、物理療法の内容を熟知している医者は少ないですし、トリガーポイント注射の「手技たるもの」を教わること自体がないです(そんなものがあるかどうかすら知りません)。もちろん、これらの治療を効果的で必須なものと捉えられている先生方もいらっしゃると思うので、気分を害されたらお詫びします。

あくまで私見としてですが、
整形外科診療において(理学療法は不可欠ですが)物理療法の必要性は全く感じないので、私のクリニックでは開院時から物理療法の機器を一切設置していません。ゆえに一度も物理療法を提供したことはありませんが、今のところなんら支障はありません。

トリガーポイント注射に関しては、
愛好家の患者さんがいるのは知っているので渋々ながら注射剤を置いており、こちらが否定的見解を伝えても妙に固執される一部の患者さんにはやむを得ず注射しています。
ただし、私自身、本気で必要と思ってトリガーポイント注射をしたことは一度もありません。

以上。

どうして保険適応なのか?

またしても結論から言ってしまいますが、

知りません…。

というか、正直言って意味が分かりません。

痛みを軽減するツールという意味では、多少は役に立つかも知れません。

ただ、なんらかの病気や外傷の治療をする上で、治癒を促進する効果や、治療の上で必要であることを示すようなエビデンスは、皆無です。

では、なぜ物理療法やトリガーポイント注射が保険適応薬なのか?

科学的な理由付けは不可能です。
そこには、保険適応と認められてきた歴史的背景があり、
科学的エビデンスを求められるはずの現代になっても、それでも度外視され続ける背景がきっとあります。

ここでもまたやっぱり、
保険適応外にすると損する立場の人があちこちにいるんです。






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