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高額注射を提案する時にモヤる理由💉

骨粗鬆症って知っていますよね。

最近は、以前と比べてかなり認知度が高まってきている印象を受けますが、実際に診療をしていると、定期的に骨密度検査をしている人はごく一部です。でも、検査を提案するとすんなり受け入れてくれる方が多いので、世の中に周知されてきている効果かと思っています。

ここで骨粗鬆症とその治療について語ってしまうと本題に辿り着く前に終わってしまうので、敢えて割愛させてもらいます。(もし詳しく知りたい方は、情報はいくらでも出てくるはずなので自分で検索して下さいね。)

簡単に言ってしまえば、
「中高年の方(特に女性)は年齢に伴って骨が弱くなり些細なことでも骨折しやすくなるので、そうなる前にちゃんと検査をして、必要あれば予防的な治療しましょうね。」
ということです。

若者の骨折はほとんどの場合は事故によるものですが、ご高齢の方の骨折は骨の脆さ運動機能の低下が揃うと、事故でなく必然的に発生します。
いざそうなると、本人が痛い思いをするという問題にとどまらず、家族の負担・医療費・介護費の増大など、要するに「現役世代の負担をさらに増やす」という社会的大問題につながります。

現在、骨粗鬆症治療の主体となっている薬剤はほぼ注射薬です(一部内服薬もあります)。この10年くらいでかなり進歩した領域であり、注射薬は比較的最近開発されたもので、効果の強めな薬剤はかなり高価です(ダジャレではありません)。その中には、骨形成を促進すると同時に骨吸収も抑制し、強い骨密度増加作用を持ちつつも副作用が少ないという、かなり良い薬剤もあり(便宜上、薬剤Aとします)、高齢者で高度の骨粗鬆症の方にはほぼ一択です。ただ、新しいから高価なんです。
薬剤Aは月1回で1年間限定の投与。
1回あたりの薬価が約5万円。
ゆえに、注射薬剤分の患者窓口負担は、
3割の人⇨ 約1万5千円/回
2割の人⇨ 約1万円/回
1割の人⇨ 約5千円/回
なわけです。
↑これは患者さんの立場から見たハナシ。
↓そしてこちらは院長の立場。
この治療による医院の売上は(他に検査や処方やリハビリや他部位の診療が無かったとして)「薬価の約5万円」と「注射手技料200円」と「再診料730円」となりますが、利益は「注射手技料」と「再診料」と「薬価差益(注射の薬価と仕入値の差額=薬価の数%)」のみであり、仕入が売上の9割以上を占めます。利益は患者さんが窓口で払った金額以下で、9割以上を占める残り分は、卸業者が少しマージンを取って製薬会社に入ります。

前置きはここまで。
それを踏まえて、本題です。

患者さんに高額注射を提案する際に、開業医のワタシがとってもモヤモヤしてしまう、というハナシです。骨粗鬆症の注射薬を例に出しますが、整形外科医院での代表的な薬剤というだけであり、同様のことは当然他の科でもありますし、注射以外の医療材料に関しても然りです。ここでは、あくまでひとつの分かりやすい例えとして、引用しているということをご了承下さい。

以前の記事でもお伝えした通り、整形外科医院に来る患者さんの大半は高齢者です(人数は男性<女性)。骨密度を測ると(特に女性だと)かなりの頻度で骨粗鬆症と診断されます。そして、骨密度が50%代(若者比)であると、ほとんどの場合、前述の薬剤Aを提案します。

そこで患者さんからどんな反応があるか???

すんなり「ハイ、お願いします!」と言う人は当然ゼロです。
時間をかけて上に書いたようなことを説明し、理解を促しますが、それでも抵抗感を示される方は多くいらっしゃいます。

以下に理由を列挙します。

① 痛いから注射はイヤ
② 金額が高い
③ 副作用が心配
④ 症状もないのに治療したくない

それに対して、根気よく説明をします。
(もちろん無理強いをすべきではないのであくまで情報提供として)

① 痛いから注射はイヤ
⇨ 気持ちは分わかりますが、骨粗鬆症の程度からすれば、この注射の替わりになる飲み薬はありません。効果の期待できない治療は勧められません。
② 金額が高い
⇨ 気持ちは分わかりますが、薬が約5万円なんです。医院が多大な利益を得ている訳ではありません。そもそも、自己負担分以外は保険料や税金でまかなわれています。
③ 副作用が心配
⇨ 気持ちは分わかりますが、副作用の無い薬はありません。中でも副作用リスクは低い薬剤であり、骨粗鬆症を放置することによる骨折リスクと比べれば副作用リスクはかなり低いです。
④ 症状もないのに治療したくない
⇨ 気持ちは分わかりますが、骨粗鬆症自体にはもともと自覚症状がありません。骨折してしまうことを予防するのが治療の目的です。あなただけの問題ではないことをご理解下さい。

それなりに高額ですし短期で終わる治療ではないため、本人の理解が十分でなければ、治療を始めてもドロップアウトしてしまいます。
それゆえ、入口での説明にできるだけ時間をかけて必要性と、薬剤の有用性を理解してもらうよう努めます。
そもそも、
・このような効果的でリスクの少ない注射薬が存在する(以前にはなかった)ことも、
・保険が適応されている(高額だが自己負担分以外は誰かが負担している)ことも、
とても有り難いことであることを含めて説明をします。

さて、ワタシは何に対してモヤモヤするのでしょう?

ご批判を覚悟で言いますね。
答えは、
製薬会社、卸業者、患者さん、保険機関(国保、社保)、政府すべてに対して。

前述した通り、この骨粗鬆症注射薬を患者さんに投与することにより医院が得られる対価は、かなり「低い」ものです。
「低い」というのは、もちろん金額の絶対値ではなく「相対的に」です。
・薬剤の仕入値(製薬会社の売上)に対してでもあり、
・手間と時間がかかるだけでなく時に理解を得られないストレスの割に、
という意味です。

もちろん、
・患者さんの健康のため
・患者さんが骨折することによる社会的損失を軽減するため
最良と思われる治療方針を伝えているわけで、それは専門の医師としての責務でもあります。

ただ、冷静に考えてみると、
ワタシがしていることは、まぎれもなく、製薬会社の製品を売るセールスです(無償)。
その薬剤が治療上で有用と思われるという理由だけで、製薬会社からなんの報酬もなく(あったらダメなやつですが笑)、必死に患者さんに必要性を説きます。
理解が得られればまだ良いですが、患者さんからは高額商品を売りつけられているかのような反応をされることもあります。

そしてもちろん、
頑張って治療したのに骨密度が増加しなければ患者さんにがっかりされますし、副作用で問題が起きれば医師が責任を追及されます。

さらに、ここが極めつけなのですが、
もし、診療報酬請求後の保険審査で保険機関から「不適切な治療」と判断され返戻が来た場合(正当な治療をしていても起きます)には、なんと、その注射Aの薬代は医院が支払うこととなり、製薬会社も卸業者も一切払い戻しをしません。善意でやった診療の結果が、5万円の赤字です。

もう少し俯瞰して、社会保障制度全体としてみても、
患者さんが治療を拒否され、もし将来的に骨折してしまうことがあれば医療費・介護費がかさむわけですが、
その出どころはもちろん保険料・税金なわけで、開業医は個人としても事業主としてもかなり負担している部類に入ります。(以前の記事で書いたのでここでは詳細を省きます。https://note.com/kitakata_incho/n/ndfb50a55c18e
患者さんが理解してくれて治療を始めた場合にも、
そこにかかる高額な医療費の大部分が製薬会社へ行き、医院には大して入ってきません。そして、繰り返しますが、その高額な医療費の出どころは保険料・税金なわけで…(以下、省略)。

モヤモヤが伝わりましたでしょうか?

完全に、この上なく、医師の善意で成り立っているんです。

こんな負のリスクだらけのこと、通常のビジネスだったらあり得ません。
その立場に身を置くこと自体がリスクですから。
勤務医の先生方は、給与天引きされていることで社会保険料や厚生年金や所得税に関する意識が、概して開業医よりは低めです。事業主でないので、職員の給与や社会保険料や厚生年金を払う必要がありませんし。なので、こういった治療でにおけるお金の動きについての認識は比較的乏しく、問題視した意見はあまり出てきません。でも、開業医はすぐに気づきますし、今後医療費高騰により医療制度が崩壊していけば、勤務医からも声は上がります。

最悪なのは、もし、医療環境の悪化から医師があまりに疲弊して善意を失って、必要な医療を提供することを躊躇うようになることです。
過剰な診療を咎めることは比較的容易ですが、消極的で過小な診療を見つけることはかなり困難です。

診療内容は基本的に個々の医師の裁量に任されており、医師をジャッジできる立場のヒトはいませんから。






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