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診療報酬引下げが、なぜ愚策なのか②〜日本での医療に対する認識の異常さ〜

「医療費がかかり過ぎているから診療報酬を引き下げよう!」
というのは何の解決にもならないどころか、ただでさえ正しく理解されていない医療の価値をさらに下げることになるんです。
というハナシの続きです。

日本以外の国での医療に関する常識を。
私は医師として、日本以外では欧米での局所的な経験しかないので、南米やアフリカやロシアや中国や、多くの発展途上国での医療事情は知りませんが、あくまでひとつのモデルとしてカナダについて。

カナダの医療システムは英国に倣っています。
他に、欧州諸国の多くやオーストラリア、ニュージーランドもおおむね同様で、英国の影響を強く受けている香港も似ているそうです。
なので、要は先進国の大多数での医療システムと言ってよいと思います。
(米国はある意味特殊なので、ここでは触れません。)

カナダでの医療は、基本的に皆保険制度であり医療財源はすべて税金で賄われています。なので、日本のように社会保険料や国民健康保険料などは徴収されませんし、自己負担もありません(要はタダです)。
日本の医療制度になれている人がこれだけ聞くと、タダにしちゃったらとんでもなく医療費がかかるだろ、と思われるかも知れません。
でも実際にはそんなこと全くなく、そのような発想の背景にある日本の常識(医療アクセスが良すぎて誰もが医療を軽視している)が特殊なんです。

カナダはじめ、上記欧州諸国の多くでは、
「皆保険制度によりタダで享受できる公共診療」以外に、
「皆保険制度でカバーされない自費診療」が存在しています。
 注1)オランダのように公共診療だけの国もありますし、カナダでは州によって自費診療が認められたり認められなかったりします。
 注2)ここで言う「自費診療」は、医学エビデンスがなく保険適応されないが故の日本の(怪しい)自費診療とは異なり、原則、医学エビデンスに基づいた保険診療と同等の医療を指しています。

公共診療自費診療のルールや比率は国や地域によりバリエーションが多くあって一概には語れませんが、一般的な共通認識をあえて端的に述べます。

公共診療:タダだが医療へのアクセスは悪い。家庭医を介さないと専門医受診ができず、精密検査や手術の待ち時間は長くなかなか受けられない。
自費診療:お金さえ払えれば(相応の個人保険に加入していれば)すぐに有名な専門医を受診でき、短い待ち時間で精密検査や手術を受けられる。

私がカナダのカルガリーで手術修行をしていた時の経験ですが、

例えば、あなたが肩の痛みで医者にかかる場合、
・まずはかかりつけの家庭医に相談をします。
・そこで具体的な診断はつかずに鎮痛剤で様子をみても痛みが引かず、
超音波検査を依頼され肩のスジが切れる「腱板断裂」と診断がつきます。
(ちなみにMRIは高額なのでこの段階では撮影できません)
・注射やリハビリで改善が得られず、家庭医に肩専門医(私のボス)宛ての紹介状を書いてもらいます。
・そこから実際に専門医にかかるまでの期間が、なんと1年。
・専門医から手術の説明を受けて、実際に手術を受けるまで待つ期間が、なんともう1年…。

手術を執刀する医者からすれば、手元にある画像情報はすでに2年前のものであり、いざ手術をした時には断裂サイズが明らかに拡大していることもあります。

そして、手術当日、肩のスジの手術で入院は認められません。
早朝に病院へ行き、全身麻酔で手術を受けて、術後は意識がはっきりするまで回復室で待機し、鎮痛剤の処方箋を持たされて帰路につきます。

この待ち時間を受け入れられない裕福な人は、高額の医療費を払って(もしくはそれをカバーしてくれる個人加入保険を利用して)自費診療を受けられる州や米国へ行って有名医師の手術を受けたりします。

他の話では、
膝の人工関節を受けるのに、専門医受診に1年待ってそこから手術を予定してもらえるのが2−3年後。手術の際にはさすがに入院が必要ですが、術後3日目で退院というスケジュールでした。もちろん、まだまだ手術した膝の腫れは強くろくに歩けない状態のまま、お家に帰ります。
分野は違いますが、癌の精密検査のためのMRIを撮影できるのが4ヵ月後で、その間に進行してしまい手遅れになってしまった、ということも。

お分かりでしょうか?

別に、このような英国式の医療システムを手放しで素晴らしいと言っているワケではありません。そうであるが故のさまざまな問題もあります。

ただ、こんな環境であれば、否が応でも「医療が有限で貴重なもの」という共通認識を、医療者だけでなく患者も持ちます。身をもって感じているので。

日本人からすると想像つかない環境かも知れませんが、はっきり言わせてもらえば日本の医療システムが完全にマイノリティです。

よくある海外医師との会話です。
海外医師「専門医にかかるのは大変?」
ワタシ「紹介状もなくすぐにでも受診できるよ」
海外医師「は?」

海外医師「肩のMRIの待ち時間は?」
ワタシ「結構その日に撮れちゃうよ」
海外医師「は??」

海外医師「腱板手術の待ち時間は?」
ワタシ「2週間くらいかな」
海外医師「は???」

海外医師「腱板手術後の入院期間は?」
ワタシ「装具外れるまで帰りたがらなくて、1ヵ月くらい入院してるかな」
海外医師「は????」

最後に言われるのが、
「そんな無駄遣いしていてどうしたら医療費足りるの?????」

「はい。全然足りてません。」
正直、かなり恥ずかしいです。
日本での医療に対する認識の低さやモラルのなさは、欧米諸国からしたら、相当異常なんです。

お分かりですよね。繰り返しますが、
「医療費がかかり過ぎているから診療報酬を引き下げよう!」
というのは何の解決にもならないどころか、ただでさえ正しく理解されていない医療の価値をさらに下げることになるんです。

と、ワタシがわめいたところで、
日本では、医療に携わる医療従事者も業者も患者も、みんなが医療費を餌に群がっていて利権を手放したくないから、誰も反応しません。メスを入れるとある方面から嫌われてしまうので、政府も核心には触れません。

でもね、いずれ崩壊したら、結局削るしかなくなるんです。
そこで削られる対象となるのは、やっぱり社会にとって重要性が低いところからです。
「そんなことに保険料を使う意味ないだろ?」
って動きが本当に出てきたらどうなるか?
今のうちから想定しておいた方がよいかも知れません。

自分が年寄りになる頃には、湿布も膝の注射も電気・温熱治療も、それからスポーツ医療も、無駄に長い入院も、ぜーんぶ無くなってんじゃないかな、なんて妄想しています。








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