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整形外科の診療を分解②「医師側の誤認識」

前回の記事で、整形外科で一般的に行なわれている診療について、できるだけ分かりやすく分解してみました。その上で、患者さんの認識とのギャップを、あくまで総論的に(具体的な例を挙げずに)紹介しました。

今回は、医師側の認識について語ります。もちろん、この「整形外科で一般的に行われている診療」に対する認識は医師の間でも共通であるべきだし、多くの方は当然そうだと思っているのではないかと思います。でも現実的には、残念ながらそうでもありません。

あまり角が立たない範囲で、前回の分類に従って、医師・医療機関側の誤認識について語ってみます。

1.対症治療

  • 飲み薬、湿布、ぬり薬、物理療法、トリガーポイントやヒアルロン酸注射

    =>これらにより痛みの症状や病態自体が治癒することはありません。一時的な痛み軽減効果はあるかも知れませんが、長期的効果や病態進行予防効果のエビデンスはなく、平たく言えば「いま少し良くてもどうせまた痛くなる。」という方法です。(忖度なく言わせてもらえば「治療」と読んでいいかさえ疑問です。)

    しかし実際の診療では治療の第一選択かのように提供されていることが多いのです。

    「膝がすり減っているので痛いんです。しばらく注射をしましょう。」
    「レントゲンで骨は問題ないです。痛み止めと湿布で様子見ましょう。」

    どこでも使われている文言ですが、医学的根拠に基づいた説明や提案ではありません。整形外科領域の疾患・外傷による症状は(一部の病態や程度のひどい状況を除けば)自然と改善することがほとんどなのです。これら対症治療のおかげで「治った」と感じる患者さんも少なからずいると思いますが、ほとんどの場合、時間とともに勝手に自然軽快しただけです。そして(軽い外傷を除けば)多くの場合、どうせまた痛くなります。医師の誤認識や説明不足により、患者さんの誤認識を生み出してしまう悪循環です。

2.抗炎症治療

  • ステロイド注射(関節注射、神経ブロック、腱・腱鞘注射など)・内服

    =>上記対症治療と同じようにみなされがちですが、適切に(炎症の強い時期に、注射であれば適切な部位へ、短期間・少ない回数)投与されれば、ある程度は効果が持続しますし病態によっては治癒も期待できます。

    問題なのは、しばしば不適切に使用されることです。

    例えば、
    - 関節注射を症状の有無にかかわらず5回まで打ち続ける
    - 痛みが再発しないように予防的に投与する
    - 無計画に、反復注射・長期内服をする
    - 診断が確定していないまま症状を抑えるだけのために投与する
    とか。

    これらが必ずしも間違っていると断言はできませんが、少なくとも、ステロイドの長短所を鑑みた場合に、効果よりリスクの方が大きいと言えます。

    ステロイドに関するエビデンスはといえば、
    肩の腱板断裂に対して注射を反復すること自体が健常な組織を傷めてしまうリスクがあること、腱板修復術や人工肩関節置換術の術前に注射回数が多いと術後再断裂や感染リスクが上がること、などは知られているところです。テニス肘に対する注射も、むしろ治癒までの期間を長引かせてしまうリスクがあるようです。

    実際に多数のステロイド注射をされた関節内を関節鏡で覗くと、キラキラした白い小さな結晶が組織のあちこちに沈着している状況が見られますし、それらの組織は脆弱な印象を受けます。

    怖いのは、医師の説明不足と患者さんの思い込みとが相まって、ステロイド注射を安易に1の対症治療と同等に捉えて、診察のたびに注射を求めてくる患者さんが少なくない、ということ。実際、高齢や既往症などを理由に手術を選択できず、十分にリハビリをしても支障のある痛みが残るような、他に手段のない状況で、やむを得ず患者さんの希望に応じて注射を繰り返すことは私もあります。でも、そうでない場合に、不適切としか思えない状況で、その都度断っても注射を求められると疲弊します。


3.機能的治療(運動療法)

  • 理学療法・作業療法(いわゆる「リハビリ」)

    =>整形外科的な疾患(外傷を除く)による症状の原因のほとんどは「コンディション不良」であり、理学療法士・作業療法士が適切なストレッチや筋力訓練を組み合わせた運動療法(=狭義のリハビリ)を行うことで、本来の関節の動きを取り戻し、結果的に患部への負荷が減って症状が軽減します。そして何より、適切な自主訓練を患者さんに習慣化してもらうことが大切です。

    とは言ってみたものの、実際には運動療法をそのように捉えている医師は残念ながら多くなさそうです。

    病態を考えず、「リハビリしましょう」と、ただ盲目的に電気や温熱やマッサージなどの物理療法(=広義のリハビリ)を行ったり、痛み止めや湿布を処方したり。本来のリハビリ(=運動療法)は全くやらずに、1の対症治療のみをしている。前述の通り、もちろん治りません。でも患者さんからすれば努力しなくてよいですし、その場は少し楽になった気がするので、それが治療と思い込んでしまいます。負の連鎖。


4.器質的治療(保存的処置、手術療法)

  • 保存的処置(整復、ギプス固定、装具固定など)
    =>こちらは比較的、医師の間で共通認識があって問題は少ない印象です。

  • 手術療法(骨折、脱臼、靭帯断裂などの外傷に対する手術、加齢性変化に対する腱板修復術・人工関節置換術・脊柱除圧固定術ほか)
    =>こちらも、要は保存療法で良くならない外傷・疾病が適応ではあるので、比較的わかりやすいとは言えますが…。

    でも、最も大切なポイントは、

    「放置すると予後不良な状況でのやむを得ない手術」と
    「生活の質を改善するために患者さんが希望したらする手術」
    明確に区別すべき、ということです。

    前者の決断は簡単です。やらないと悪い結果になる状況は分かりやすいので。
    でも後者に関しては、「手術するしかない」とか「手術すべき」とか「手術しかない」とか、さも手術以外の選択肢が無いかのように医師が一方的に患者さんに伝えてしまうことがあり、あまり好ましいこととは言えません。なぜなら、そのような手術の適応判断は相対的なものであるから。基本的に生死に関わるものではなく、あくまで症状を軽減して生活の質を改善することが目的であり、手術にまつわる利点・欠点を理解した上で患者さん自身が選ぶべきなのです。そこで医師は判断材料を提供するコンサルタントに徹するべきであり、判断の手助けをすることがあっても、一方的な提案は避けるべきです。


5.予防的治療

  • 骨粗鬆症治療(内服、注射)

    =>脆弱性骨折予防のために行う治療であり、ほとんどの整形外科医は、初期研修の頃にそのような脆弱性骨折(大腿骨頚部骨折や腰椎圧迫骨折)の患者さんの治療に嫌というほど関わるので、その重要性の認識は共通です。ただし、昨今、新しい治療薬が次から次へと登場しつつあり、知識のアップデートが大変なので、骨粗鬆症治療に精通した医師とそうでない医師のギャップは広がっている印象。また、詳しい理由はここでは述べませんが、骨粗鬆症治療に対する熱意は勤務医と開業医で大きくことなります。(この点に関しては、他の事例も含めてまたいずれ説明します。)


以上、
今回は、整形外科で一般的に行われている治療を分解した上で、患者さん側の認識ではなく、医者側の認識という観点から説明してみました。(偉そうなことを言うなと批判を受けそうですが、)残念ながら、医師の啓蒙はかなり難しい、というより不可能に近いです。
患者さん自身が、正しい知識を身につけて自分が行っている治療をきちんと理解していること、それが何よりも大切であるというメッセージが伝われば幸いです。
今回も無料記事として公開できるよう、まだまだかなり抑えて表現していますが、近いうちにもっと掘り下げてダークサイドについても語っていく予定です。

では、また。

きたかた院長でした👋

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