見出し画像

いえいえ滞在記#1 アリカ

鳥のさえずりと、トースターがヂーとなる音で今日も目が覚める。
北鎌倉での生活が終わろうとしている14日目の朝。

珈琲を飲みながら庭を横目にこの2週間を振り返ってみたいと思う。

はじめに

そもそも2週間の北鎌倉生活が始まった発端は、大学時代の古い友人からの一つのメッセンジャーだった。

ありか、やほー!
急なのだけど、7/1〜7/15、いえいえ(北鎌倉古民家シェアハウス)に2週間だけ住んでみない?笑

軽い。軽すぎる。

やほー!お声掛けありがとう!
まじか、わんちゃんありだな。基本リモートだし。
明日、7月もオンラインで基本大丈夫ですよねって上司に確認してみる!
…(確認後)
いくー!

軽い。私の返しも軽い。
だがこのフットワークにのちに救われることとなる。

このコロナ禍の中、もともと住んでいたシェアハウスを出て、実家で感染リスクを最小限に抑えひっそり過ごしていた私にとって、もう一度共同生活の場に戻ることに一抹の抵抗もなかったかというとそうではない。

けれど、正直、家族以外との対話に飢えていたし、直接的な触れ合いに飢えていたし、北鎌倉に将来移住もいいなと考えていたものの、2週間だけ住める、格安で。しかも会社に呼び出される心配がない。という完ぺきなお試し条件が揃うことはなかなか今を逃せばないような気もし、移動さえ気をつければ、自然が多くて開放的な北鎌倉の古民家で仕事してたほうが健全じゃね?と思って決断した。秒で。

6月15日のことだった。


突然の従妹(高3)同伴計画

6月26日(金)、身内に大異変があった。

多感な高校3年生の従妹(衣食住の7割を共にしているので最早妹)が様々な負荷やプレッシャーに心身共にかなりヤバめの限界がきてしまい、どう心と身体を整えるかが割と喫緊の課題として問われていた。

ふと北鎌倉が思いついた。(そうだ、この際学校も休んで行っちゃえばいいんじゃない?)すぐメッセした。

7/1〜3なのだけど、私の従妹(高3)も連れていってもよいかな?
かなり心が疲れている状態なので、エネルギーが良いところで少しだけ休ませてやりたく。ご相談できると嬉しい。(現住人)みんなが心地よい選択をしてもらえたら。

秒で返事きた。

(住人一同)もちろん大丈夫よー

ありがたい。ありがたみが深い。

渦中の環境から少し離れて、誰も彼女を知らない場の心地よいエネルギーは、彼女に少し活力を与えてくれるだろう。
安堵と楽しみさと不安が入り混じったような表情ではあったが、安堵の様子が大きく見えた。よかった。

そして、とうとう北鎌倉には従妹(以下K)と2人で向かうこととなる。


さて、前置きは長くなったが、2週間滞在ハイライトを日記的に記していこうと思う。


1.役割があると安心する

訪れた古民家は緑の生い茂る趣がある古民家だった。
エモい。トトロ感がある。

ガラガラと大きく音が鳴る玄関の引き戸を開けると、いい匂いがした。

まだ初日なのに、おかえりーと迎えられた。
中に入る。エモい。洗濯物が干してある感じがエモい。生活感がめっちゃある。
そして古民家特有のあったかくて齢をとった木の匂いと蚊取り線香の匂いがエモい。

荷物を置いてひと段落した後、晩御飯の用意をしているキッチンで聞いてみた。

「何かお手伝いできることあります?」
「あ、じゃあコリンキー薄くスライスしてくれる?サラダにするので」

すごい。いきなり役割をくれる。
大体、あ、いいよいいよ座ってて!とか言ってしまう気がする。
つい言ってしまうけれど、言われる側は手持無沙汰だし寂しいやつ。

慣れない手つきでコリンキーを「スライスする」というより「ぼろぼろ」にしながら、Kは一生懸命すりおろす。

ほかほかの炊き立てご飯とみそ汁と大皿で出されるおかず達はどれもとても美味しくて細胞が喜ぶ感じだった。

食事後、”家族会議”が開かれた。
いつだれが何をする当番なのか。私は月曜日の晩御飯と木曜日のゴミ出し担当になった。

就寝前、今日どうだった?というと、Kはぼそりと答える。

「もっと緊張するかと思ったけど、そうでもなかった。
いまはもう全然緊張してない。
普通に仕事まかされて、ちょっと驚いたけど、遠慮されてない感じが嬉しかった。なんかやってけそうな感じがする。
あと、シンプルにご飯が美味しい。(それな)」

そうだよね。
あなたに関心はあるけど、過干渉はしない、みたいな丁度よさ。とか。
客人扱いしないで生活の一員として扱ってくれる感じとか。いいよね。

連れてきたのはよい選択だったとほっとしながら、
そして、暖かい空気で迎えてくれた現住人に感謝しながら眠った。


2.GIVEすることで縁が生まれる

2日目。早朝7時に知らない人が庭にいてびっくり。庭の竹を刈っていた。

もうすぐ7/7、七夕の日である。

いらしていたのは、お隣にある保育園の方々。
住人D(家の女将的存在)が、先日急に扉をたたきに行ったらしいのだ。

「七夕用の竹、いりませんか?うちに生えているんですけど、よかったら」

是非。ということで早朝家に刈りにいらしたそうなのだ。
Dとにこやかに対話し、繋がりの暮らしをつくっていきたい者同士の想いが共鳴していた。

お礼にと、羊羹もいただいていた。
みんなの晩御飯のデザートとなる。

自分に出来ること・持っていることを惜しみなく提案・共有していると、こういう繋がりができるのね。と、ほとほと感心した。

その後、何度もご近所さんの力を借りたり、何かをいただいたりする場面をよく目にした。いただいたサクランボで食卓が鮮やかになったり、家の住人みんなで映画鑑賞した時も、DVDプレーヤーが動かなくなり、突然近所の友人に借りに走ったり。
※その時の記事はこちら
https://note.com/arikashiga/n/nc75dce423cdc

そして、羊羹はとっても美味しかった。


3.食卓はポジティブ感想で出来ている

とうとう月曜日が来てしまった。食事当番の日である。

ここ数日、毎日手の込んだ美味しい料理を食べていて、私もバランスよく喜んでもらえる食を作りたいとの想いから、仕事を無事17時には切り上げ、Kと一緒に今日の食材を買いに行き、つくりはじめる。

・鶏肉とアスパラのレモン煮込み
・ピリ辛叩きゅうり
・卵巾着ひと口ご飯
・もやしスープ

できた。
皆このくらいの献立を毎日0からさっと作り続けているのだからすごい。

徐々に帰宅してきて、19時ごろにはにぎやかな食卓になった。

いただきますの後、第一声が

「美味しい!」

そのあと、

「これレモン?」
「胡椒ちょっといれた?」
「卵巻くひと手間だけであーちゃん(2歳児)の食いつきすごいね笑」
「最近魚多かったから、肉、いいね、テンション上がるね」

ポジティブ感想のオンパレードである。

悪い気はしない。むしろ、良い気しかしない。
楽しんでくれていること・喜んでくれていること・感謝してくれていること・ちゃんと味わってくれていること、がびんびんに伝わってくる。

振り返ってみれば、いつも全員が必ず食卓で感想を伝えあっている。
本当に美味しい、というのもあるが、例えばちょっと味が濃い目だったとしても、ご飯にあうね!おかわりしたくなるね!とか。

2歳児の子も、いつも美味しいねー、これなに?とか言いながら食べてる。
時にテンションが上がって、うまうまダンシングを発動する。

いいな、豊かに育ってるな。この子も今の私も。と思った。


4.大人も結構わがままをいく

この家には2歳児がいる。
彼女は元気だ。そして可愛い。もれなく可愛い。
そして自分がアイドルであるということを自覚している。あざとい。でも可愛い。

基本的には彼女を中心として家は回っているといっても過言ではない。

しかし、大人たちも、いくら可愛いとはいえ全てを譲るということはしない。

例えば映画鑑賞をしているとき、2歳児はとなりのトトロという牧歌的映画にも拘らず数々の場面での大号泣を見せつけた。
そのたびに、全員「ここかー、ここが怖いのかー」と言いながら笑って、でもやっぱりトトロは消さなかった。だって観たいから。

もう本当にトラウマになりそうな感じだったら消していたと思うが、ちらりちらりと気になってはいる様子だった。

いける。と思った。というか、観たい。と思った。

あんなに騒音の中、トトロを見ることはたぶんこの先もないだろうと思うが、笑いながら「おーおー泣いてるねー、そうかここが怖いのか、観ないでおこうねー」とあやしつつ、自分たちの観たいという欲求も満たすので、我慢している感がなかった。

シンプルに、自分もある程度欲求満たさないと、誰かの欲求は満たしてあげられないよね。それが子どもであっても。
ということを感じた。


5.欲しいものはちゃんと「欲しい」と言え

連れてきた従妹Kが、そわそわしている。
当初3日間滞在の予定だったが、もう少しいさせてもらっていいか?を考えている。
だったら、お願いしてみれば?というと、自分でお願いし、快諾してもらった。

ビバ、自己開示文化。

言えてよかった感のある顔をずっとしているものだから、可愛かった。
あらかた迷惑になるとか、約束と違うとか、学校はどうするのとか追求されるとか考えてたんだろう。

この家では、なんとなく今日、この人機嫌悪いなとか、なんとなく声かけちゃいけなさそうだな、とか。そういう邪推をしなければならない時間が限りなく少ない。

なんか様子ちょっと違うかも?と思っていたら、食卓の場で、

「実は今、ちょっと○○な状況でいっぱいいっぱいだから心持がそわそわしてる」

とか、ちゃんと自ら共有をしてくれる文化がある。

そうなんだね。じゃあちょっとそっとしておくね。
とか
心配だね、できることある?
とか

そういう会話に繋がる。

正直、異変察知力が非常に強い人たちの集まりではあると滞在中ずっと思ってはいたが、自己開示力も高いというのは輪をかけて素晴らしい。
欲しいもの・必要なものはちゃんと言わないとね。
伝えていないし、伝わっていないのに、わかってくれないって嘆くなんておかしいよね。
ちゃんと言葉を尽くしていこうね。
ということを考えさせられる空間だった。


6.家族はリスクをシェアしあう存在である

12日目。事件は起こった。

3日前に夕食を共にしたご近所さんが38.8度の高熱を出し、PCR検査の対象になったのだ。
全住人に戦慄が走った。まじか。2歳児いるし妊婦もいるぞ。2日後には祖父母もいる実家に帰る予定だったぞ。そして仕事あるぞ。

結果はまだ出ていなかったし、自分の体調変化も感じられなかったが、やはり心配ではあった。

やたら珈琲飲んでみたりした。大丈夫、ちゃんと味も香りもある。

でも、住人たちの対応は至極穏やかだった。
起きたことは仕方ないとして次のことを考えた。
まず、わかった以上外出しない。様子を見る。結果は待つしかない。接触した可能性のある人に”もしかしたら”濃厚接触者かもしれない旨を伝える。

心の底では「恐怖」があったと思うが、誰も表面に出さなかった。
どころか、運命共同体として普通に受け入れていたように思う。

ああ、家族は安心安全や喜びをシェアする以前に、一番はリスクが生じたときにそれでも良い、しょうがない。と受け入れられるかどうかなんだな。その信頼関係の深さが=家族なんだな。と感じた。

全員が、自分の行動に責任をもっていたし、それをお互いが認知していた。
やっぱり近しい人と時間を共にしたいという想いと、世の中的にはリスクがあるということをバランスし、(会わないという選択肢以外で)考え得る全ての対策や日々の体調管理をしていたことを知っているからこそ、受け入れられたのだと思う。
そうでなければ怠慢に対する憤りで終わっていただろう。

結局、コロナではなく、虫刺されの悪化による感染症だったことが判明し、大事には至らなかった。

けれど、この時の戦慄と受容をきっとこの先も忘れられないと思う。


むすびに

いろいろ書いたが、あっという間の2週間だった。

私もKも、あたたかくて、でもぬるま湯というわけでもなく、それぞれが自立している環境で過ごせたことが、とてもよかったと思う。

Kは、日常にあるちょっとした幸せっていうのはこういう些細なことなのか、ということを身に染みて感じとっていたようである。
また遊びに来ます。という表情は、笑顔の裏にいつも隠していた憑き物がとれたようだった。

私も今日、この家を去るが、「ああ、さよならか…」というよりも
「どうもお世話になりました!」と力が湧いてきているような感じがする。




つかず離れず、でも何かの時にふと足を運びたくなるこの家をどういう距離感の言葉で表したらいいかわからない。

友達んち。でもないし、親戚んち。でもない。
寮でもないし、旅館でもない。
おばあちゃんち。的な感じはちょっとあるが、それよりはもうちょっと甘えが少なくて自立している。
拡張家族という、はやりのカッコいい近未来的な言葉ともちょっと違う。



これ。といった適当な言葉が思いつかない。
下手に「いえいえとは○○」と確定しないほうが、この家らしいかもしれない。


時折足を運びながら、この家の存在と名前をゆっくり考えていきたいと思う。



追記:
やっぱり北鎌倉は住むのには最高だと感じた。しいて言えば、温泉がない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?