北 まくら.txt

映像ディレクター/作家 童話「なんでもたべるかいじゅう」(北まくら著/幻冬舎) ー …

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映像ディレクター/作家 童話「なんでもたべるかいじゅう」(北まくら著/幻冬舎) ー 惑星の全てをたべてしまった、心やさしいかいじゅう・ブギーの物語 ー kindle、楽天kobo、紀伊国屋Kinoppyなど、電子ストアにて絶賛発売中。 定価 ¥1,320(税込み)

最近の記事

エッセイ「月とうどん」

「月を見せてくれ」 かけうどんの食券と五十円玉を私に差し出しながら、そのお客は言った。 仕立てのいい和服をサラリと着こなした、整った白髪が上品な初老の男性だった。 二十年ほど前、私が、或る飲食店でアルバイトをしていた時の事である。 カウンター越しに、私は食券と五十円玉を受け取った。 思いがけない注文に、私はどうしていいか分からず、 咄嗟に「かしこまりました、少々お待ちください」と答えてしまった。 非常に困った。意味が分からない。 早朝、六時前。朝定食の時間帯に月が見たい

    • エッセイ「私 VS 山猿」

      合宿で自動車免許を取りに行った時の事である。 私は、雪積もる二月、長野県の田舎町に宿を取り、 一か月ほど教習所に通っていた。 仮免許の試験に落ちてしまった翌日、再試験に向けて気分転換でもしようと、良く晴れた休みの日に宿から出掛けた。 冬の信州、まさに三百六十五度、めくるめく白銀の世界。 鼻から息を吸うと鼻水が凍りそうだ。 生まれが雪国である私は、豪快に積もる雪と張りつめた寒さに、懐かしさと親しみを覚えながら、気分に任せて歩いた。白雪の美に酔い、高ぶった気持ちのまま、雪輝く

      • エッセイ「白髪と絆」

        頭の白髪を一本抜けば十円。 小学生の頃、私は、叔母の家で夜な夜な謎のアルバイトをしていた事がある。 土曜日の夜は、大好きな叔母の家に泊まりに行くのが、当時の私の習慣であった。 その頃叔母は四十代前半であったが、苦労と若白髪が多かった。それを気にする彼女は、一本生えるごとに手鏡を見ながら毛抜きで抜いていたのである。 そこに目を付けたジリ貧の私。お菓子代を稼ぐチャンスだと思った。 叔母に、自分が代わりに白髪を抜くから、一本抜くごとに十円くれないか、と持ち掛けた。 甥っ子である

        • エッセイ「大みそかの小さな奇跡」

          年を越す金が無かった。 家賃、水光熱費、電話代、食費、カネを追いカネに追われる、 それから逃げ延びるだけで精一杯の日々を送っていた時期がある。 今から十年ほど前の大みそか、十二月三十一日の夜、 私は埼玉のある田舎町の工場で、日雇いのアルバイトをしていた。 駅からバスで三十分ほど行った所にある、人気の無い場所。 日給八千円くらい、荷物の運搬作業である。 軍手をしていても手の皮膚がザラザラになるほど、冬の寒さが通り抜ける薄暗く大きな倉庫の中で、私を含めた従業員たちはベルトコン

        エッセイ「月とうどん」

          エッセイ「少年の祈り」

          春先の、やっと緑が色づき始めた頃、 私は埼玉県の大宮にある氷川神社へ参拝した。 目的は、自身初となる書籍出版の成功祈願である。 五年の歳月をかけた童話本の執筆。自分が出来る事は全てやった。 他に思い付くのは神頼み位だ。 無事何事もなく、出版が成功するよう、神様に祈ろうと考えた。 この神社には、竜神がいるという噂がある。 竜に向かって書籍出版の成功を祈るというのも、社会的現実と幻想が混在しているようで、少々気おくれしたが、それでも祈りは祈り、堂々と参拝した。 社の前で、私

          エッセイ「少年の祈り」

          エッセイ「友達はアウストラロピテクス」

          「ピテ」と呼ばれた同級生がいた。 彼は、教科書に載っていたアウストラロピテクスの挿絵に顔の輪郭が似てるというだけで、そのようなあだ名で呼ばれていた。 東北の片田舎にある、同じ高校のサッカー部に所属していたので、彼と下校の道が一緒になる事がたまにあった。 いつも陽気な男で、「おい!ピテ!」等と嫌みなあだ名で呼ばれても楽しげに笑い、隔たりなく人と仲良くなる愛嬌のある性格だった。そしてどことなく、母親のような懐の広さを感じさせる人だった。 一つ、彼には入学した頃から謎があった。

          エッセイ「友達はアウストラロピテクス」

          エッセイ「 出前の皿 」

          納豆ご飯の支度をする気力すら無い、そういう時は出前を頼むのが、 妻との暗黙の了解になっている。 近所にある、馴染みの蕎麦屋に出前を頼んだ時の事だった。 注文した山菜おろし蕎麦を汁まで平らげて、食器を洗っていた。 出前とはいえ借り物の食器である。 出来るだけ綺麗に洗って返却しようとした。 と、力みすぎたのか、私は、蕎麦屋の食器を落として割ってしまった。 見事な大皿が、取り返しがつかない程に真っ二つになった。 何やら大胆な模様が入っている。 なんだか高価な物のようにも思えてきた

          エッセイ「 出前の皿 」