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独裁者の統治する海辺の町にて(3)


あいつらの目指しているのも・・・
 その後に登坂が言おうとしたことは、ざっといえば以下のようなことだったろう。

「あいつらの目指しているのも完全無欠な権力構造をもった支配体制以外のなにものでもない。原始共産制を目指すというのはスローガンさ、自分たちの蛮行を正当化するための方便なのだ。それに私有財産を没収するのにこれほど有効な大義はない」 

登坂によれば「原始共産制社会」は人類史上、一度も存在したことはない。存在したのは原始キリスト教時代の少人数の「共同体」においてのみだ。ただ、それもほんのわずかな5、6年の間のことで、布教がミッション化されるやいなや崩壊する。勢力拡大という欲望を前にしては、そんなものはひとたまりもない。

原始共産制社会の存在の否定は党是、とうぜの否定である。彼は町の体育館で開かれた月例の党大会に呼びだされた。そして、議題の「原始共産制社会の実現性」についての見解を問われた。党大会は粛正のためにの装置だ。登坂の卒論を掲載しているS学院大学の紀要が証拠として提出され、彼は衆目の前で糾弾された。8月1日のことである。その7日後の午前10時に彼は殺害された。妹と友人のおれによって。

おれは、シャワーを浴びた。残ったアルコールではなく、この任務の汚れを少しでも洗い流したかったのだ。もちろん、無駄さ。くさくさした気分のまま体を拭いてると、やけにそろった靴音が外の方からきこえてきた。

出窓を開けると下の通りの熱射のなかを水兵服の青年隊が4列縦隊で行進していた。50人くらいだが、組織からの派遣組のなかに地元の青年が10人ほど混じっていた。

行進が行き過ぎたあと、向かいのカフェの入り口のところで、この蟻どもを見送る凛子が見えた。凛子はおれに気づくと、昨日のことは何もなかったようにおれにむかって手を振った。白いワンピースのノースリーブからのぞく腋の蒼さがやけに美しく、眩しかった。

「あたしねぇ、お兄ちゃんのこと、九鬼さんにやったわ」凛子が例の第6倉庫でおれにそう告げたのは7月25日の昼だった。おれは思わず箸が止まった。
「な、なにをした!」
「机の抽斗(ひきだし)にあったわ」 
 それが何か、もちろんおれには即座に分かった。
「もっていったのか?」
「撮ったのよ、これで」

そういうと、凛子は眼帯を外して右目を指さし、まばたきをした。おれはあわてて二度目であいつの右目をふさいだ。三度のまばたきでシャッターがきれるようになっているからだ。
「書記長の指令か」
「そうよ。九鬼さんのいうことしかあたしきかないもん、それ食べてもいい?」
 おれがうなずくと、凛子はおれの食いかけのカップラーメンをすすり始めた。                                   (続く)



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