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あの日の菊花賞とまだ見ぬ海辺の街。

十月の雨ってやつはどこか俺を憂鬱な気分にさせやがる。

もう年の瀬も近い時期となると、ああでもないこうでもないとたらればの話が次々と頭の中を通り抜けていく。

遊んでばっかりいないでもっと仕事に精を出していればよかったとか、あの時あの株を手放さなかったら、あの日最後まで悩んだ馬券をああしていればとか、その年を振り返ってもしもの話で後悔ばかりするのは今も昔も変わらない。

会えなくなっちまったやつのことを思い出して、あの時の自分の行動次第では違う未来があったんじゃねえかなんてどうにもならないことを考えちまうのも、肌寒くなった気温の割にはやけに生暖かいこの雨のせいだろう。

今日は傘もないってのに雨に打たれてタクシー待ち。

配車アプリみたいな器用なもんは未だに使い方がよくわかってねえし、買ったばかりのパーカーに雨が染みていく中で、ぼんやり昔のことを思い返していた。

幼馴染のKが突然いなくなっちまったのも丁度これくらいの時分だった。

とにかく機械が好きな野郎で、YAMAHAのV-MAXをマニアックなカスタムして乗り回してるようなメカニック小僧。

日本じゃ使いもしねえようなニトロを積んでみたり、意外と小心者でスピードも出さないくせに大層なサブフレームをつけてみたり。わざわざ左出しに溶接しなおしたOVER製のマフラーをしきりに自慢してきたが俺にはさっぱり良さがわからなかった。

当時出たばっかりのiphone4sを脱獄したり高速化したりとそっち方面にも強かったな。

「ジェイルブレイクって響きがかっけえだろ?」

そんな話に頷いて、それまでガラケー一筋だった俺が、必要もねえのに脱獄iphoneを使っていたくらいにはあの頃の俺も若かった。

俺はどっちかっていうとアナログで、初めてのスマートフォンは文字を打つ時にカチッと音がしないのに慣れずに苦労したもんだよ。

今はこうしてブラインドタッチで作文しているが、当時はパソコンすら持っていなかったしな。

おっと、ブラインドタッチに関しては多少盛らせてもらったが、今ではまあまあ早いのはマジだぜ?それも野郎のおかげなのかもしれないがな。

話が逸れたがそんなアナログとデジタルで趣味が合わねえあの野郎との共通の趣味が競馬。

馬券に関しても野郎はデータやら指数やらを得意のiphoneで持ち出して、よく俺と口論になったもんだよ。だがそれでもその自慢のiphone予想で定期的に穴を当てるもんだから俺も買い目が気になってきて、土日は一緒に馬券を買う事も多かった。

野郎が上野に住んでいたこともあって、馬券は浅草のWINSで買うことが多かったと思う。

狙い目のレースの間の暇な時間は近くのビッグパンドラって大型のパチンコ屋でスロット打ったりしていた。

また話が逸れるが当時カップルシートに設定が入ってるなんて噂が流れて、二人で打とうとしたら女性とのカップルじゃないと駄目なんて話になって良い年こいて一緒になって店員と喧嘩したのを思い出した。まあとにかく仲が良かったんだ。

だがその年のクラシックは牡馬も牝馬もそれまでお互い全敗。

野郎のデータも俺の勘も全く当たらずに菊花賞を迎えようとしていた。

牝馬に関しては話は省くが、あの年は東京開催だった皐月賞で直線が長くなってトーセンラーが弾けるんじゃないかって理由で俺の本命。野郎のiphoneでもきさらぎ賞の数値がいいなんて話でお互い本命も弾けず7着。

ダービーは土砂降りの雨で色々話し合ったが、わざわざデットーリが乗りに来るんだから勝負だろうみてえな話になって二人でデボネアが本命。これも外したがあの時のオルフェーヴルの強さには舌を巻いたもんだよ。

いいかげん青葉賞馬が来るんじゃないかなんて話で10番人気のウインバリアシオンもしっかり買っていたが軸のデボネアが着外で馬券は終了。

その日は時間を潰した後に上野の仲町通りの安いバーに流れて最後の一冠がどうなるかなんて話し合った記憶がはっきりある。

馬券を買ってる間にヘルメットが盗まれていて、近いから余裕だろうなんて話ながら良い年こいて野郎二人でノーヘルで上野に向かったら、合羽橋の交差点でPCに追われたもんだからよく覚えているんだ。

そこからステップレースを挟んで菊花賞。

俺達の結論は「良馬場だったらトーセンラーが一番切れる」だった。

セントライト記念ではダービーで先着されたほとんどの馬に先着していたし、勝ち馬フェイトフルウォーは中山が得意なだけなんじゃないかって話になって、きさらぎ賞の再現があるんじゃないかなんてな。

そんな話を枠も決まらないうちからしていた。

十月に入るとスティーブ・ジョブズが死んだ。

野郎が会ったこともないくせに自伝かなんかを読んで、人生で一番尊敬する人間と公言していたあの白髪のおっさんだ。

「ジョブズ死んじまったなあ」

俺がそう言うと、野郎は「それでもappleは不滅だ」とか「このiphoneの中でジョブズは生きている」とか鼻息を荒くして語っていた。

その甲斐あってかというのはさすがにスティーブ・ジョブズに失礼な話だが、翌週の秋華賞は野郎のiphone予想が的中して三連単は万馬券。人気薄で二着のキョウワジャンヌの数値がいいって話で、半信半疑ながら乗った俺も当時としては満足のいく金額を勝ったからその日のこともよく覚えている。

「これで菊花賞の弾が出来たな」

俺達は久々の高額の払い戻しに興奮しながら、以前から話していたようにこれをトーセンラーの単勝に突っ込んで旅行でも行こうぜなんて話していた。

どうせなら単車で旅行しようって話をされたから、俺はそんな面倒なことは勘弁してくれと言って、いつものように小競り合いになったのもよく覚えている。

だが結局その旅行へは行っていない。

単車か車かで揉めたからでもなければ、女が出来て行けなくなった訳でもない。そしてトーセンラーが菊花賞で結局三着だったからでもない。

あいつは菊花賞の枠順が出た木曜日、右折してきたゴミ収集車に突っ込んで死んじまったんだ。

四号線を銀座方面に走っていたらしいが女もいねえのにどこへ行くつもりだったんだろうな?

野郎の用事、それはもう誰にもわからない。

だが俺は今でもこの時期に雨が降ると思い出すぜ。

翌日の金曜日には、お前が死んでも涙を流さなかった俺の代わりみたいに夕方から雨が降ってきた。

夜には雨が上がった東京だったけど、土曜日の昼過ぎになるとまた雨が降り出した。

二日も経つとお前が死んじまった実感が湧いてきて、今度は雨と一緒に俺も泣いた。

なあ兄弟。

明日よ、トーセンラーの子供が菊花賞走るんだぜ?

お前があの日、枠順を見てから死んだのか、見ねえで死んだかはわからねえが、親父と同じ一枠一番なんだ。

あの日によ、俺が枠が出たら一緒に予想しようぜってお前に言ってたら、お前はどうした?

銀座方面が何の用事だったか知らねえけど、お前のことだからそっちを断って俺と会っていたかもしれねえよな。

そうしたらお前はどんな人生を送っていただろう。iphoneはもう11だぜ。

まるであの時と同じように、昨日と今日は雨が降った。

人生にもしもなんてある訳ねえけど、仮にお前が生きていたら何を買うのかな?

アドリア海の海辺の町では、この時期の夜になると無数のランタンを空に飛ばすらしい。まるで真夜中の太陽みてえにな。

その町の名前はザダルで、トーセンラーは太陽の王様か神様なんだってよ。

これで明日の淀は午後から晴れるっていうんだから、ドラマみてえな生き方に憧れてた俺達にぴったりじゃねえか。

それなら◎ザダルだ。

俺と、そしてお前の本命はこれでいいだろ?

くだらねえ長話を書いていたら、雲間から月が覗いてきやがった。

だから〇ヒシゲッコウにしよう。

もしも今、お前と酒でも飲んでたらどうせこうしていたはずだしな。

△はヴェロックス、ホウオウサーベル、レッドジェニアル、サトノルークス、ユニコーンライオン、ワールドプレミア、ニシノデイジー、ナイママ

お前が逝っちまって八年になるから気分で八頭選んだよ。

これが俺の菊花賞。

人生はDream and Drama、起きている時間に夢を見るからこそ、現実にもドラマみたいなことが起きるんだぜ。

明日が今日より良い日とは限らねえけど、それでも前を向いて生きていこう。命ってのはきっとそういうもんなんだろ。

じゃあよ、明日は勝って墓参りでも行かせてもらうから待っていてくれよな。


故・健太郎に捧ぐ

R.I.P



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