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「スペイン風邪の時代からこんにちは~大正パンデミックと俺達」

今日は少し難しい話をすることになる。

前提として、まずこの俺が未来からこの時代に来たタイムスリッパーだということを説明したいが、俺が暮らしていた時代の話はこの記事に書いてあるからそれでも読んでもらうとして割愛させてもらう。

当然俺は一度このパンデミックを経験している訳で、今こうしてこの時代にいる以上は少なくとも人類滅亡なんてことにはならない。

今回書きたいのはこのコロナ騒動の結末よりも、俺が様々な時代へと時を旅する中で過ごした大正時代の話になる。今俺がコロナや東京オリンピックの話をするのは、時空を旅する者のルールとして禁止されているという理由もある。

航時法っていうのは結構特殊で、その時代の人間に、その時点より十年以内の情報を伝えるのは禁止だが、それより過去のこと見たままに伝えるのは了承されているんだ。

理由は小難しくて俺なんかには説明できないが、とにかくこの騒動の話についてはあまり顎回しているとすぐ時空デコが来るからよ。あまりしゃべれないんだ。

あのスペイン風邪が日本でピークに差し掛かったのも大正8年のちょうど今頃で、お上も「流行性感冒予防心得」とかいうの毎日のように紙にしてばら撒いてなんとか食い止めようとしていた。

俺はどこの時代に旅するにしても場所は新宿に決めていて、この時代は新宿大通り沿いの長屋でその日暮らしをしていた。結局二年くらいしかこの時代にはいなかったし、新宿といっても今とは全く違う。

紀伊国屋書店や果物屋の高野なんかは当時からあったが、俺のこの時代の一番の友人のタケちゃんもその関連の仕事をしていた。

今で言うとなんだろう。転売ヤーになるのか?

仕入れた本を四谷から東京市電に乗って各地に売りに行くようなシノギをしていたのがタケちゃんで、俺は宿賃代わりにその手伝いをしていた。

お得意先が両国の力士連中で、これがまあ俺達にとっては良かった。

というのもその前年5月の大相撲夏場所は休場者が相次いだんだけど、その時は「相撲風邪」とか「力士病」とか言われたのがスペイン風邪の先触れだったらしく、御多分に漏れず夏場にタケちゃんももらってきて、当然のように俺にも移って一緒に長屋でうんうんと唸って苦しんだものだ。

予防注射の役割を先触れが果たしたのか、大正8年の俺達はどこ吹く風で毎日を過ごしていたが、実際この流行り病で命を落とした人の話は毎日のように見聞きしていた。

令和のコロナウイルスとは違って、年寄りではなく若者の方が多く死んでいた印象があるが、免疫力が強い若者だからこそウイルスと戦った結果免疫能力が低下して死に至るということらしい。

当時ハイカラな連中が集うことで人気の牛めし屋が新宿大通りにあったのだが、そこの道楽息子が死んだ時もひどい様相だった。

短期間で急速に肺炎が進むことで皮膚や粘膜が暗青色になるチアノーゼの症状を引き起こすのだが、これが耳から始まって顔全体が真っ青になってそのまま死んじまった。

たまに悪い遊びをする程度の仲だったが、俺達が前年かかった力士病とこの風邪は本当に同じものなのかと驚いたものだし、何よりその死に方に恐怖を覚えた。

後で読んだ新聞で、新宿から地元の福井県の村に帰ったらそこでパンデミックを起こしちまって村ごと全滅したきっかけが花札仲間だった次郎ちゃんと知ったことも驚きだった。

「感冒の為一村全滅」なんていう衝撃的な見出しを見て、仲間内でこれって次郎の地元じゃなかったかという話になってわかったんだ。

神戸では二箇所の火葬場にそれぞれ100体以上の死体が運ばれ、処理能力を超えてしまって、棺桶が放置されているとも聞いたし、日本を襲ったスペイン風邪の猛威は、列島を均等に席巻し、とにかく各地にむごたらしい被害をもたらした。

どうしてここまでの大流行をもたらしたのかって、そもそもスペイン風邪の病原体であるH1N1型ウイルスは、当時の光学顕微鏡で見ることが出来なかった。人類がウイルスを観測できる電子顕微鏡を開発するのはもっと後の話になるし、当時の偉い研究屋やお医者は、このパンデミックの原因を細菌だと考えていた。

勿論街中だと最近も知らないような連中もいたし、呪いだなんだって声もあってけどな。そんな時代だった。

今、こうして令和にいる俺が不謹慎ながら笑ってしまうのが、あの時と今で全く同じようにデマが広がっていること。

あの時は「お湯を飲めば予防になる」なんて言って、皆が皆毎日お湯を飲んでいたもんだ。これと同じLINEが昨日来て人間は変わらないなと思ったものだ。

人ごみを避けるように言いながらも乗り合いバスや東京市電はいつも混雑していたのも同じだし、大木戸から北方の方に並んでいた遊廓は変わらずに夜になると旦那衆で賑わっていた。

妓楼は本当は新宿御苑の真向かいのもっと広々としたところにあったのだが、新宿御苑が皇室のパレスガーデンとして外交官や日本の高官が集まる庭園になったのをきっかけに移動する羽目になっていて随分と手狭になっていた。俺はここでの濃厚接触も流行に一役買ったと思う。

ただ、このスペイン風邪のパンデミックと今回のコロナ騒動。

両時代で生きている俺からすると状況は全く違う。デマが伝わりやすいという側面もあるが、まず情報を早くシェアできるという時代もそうだし、あの頃よりも疫学は飛躍的進歩を遂げていて、抗生物質もあるし足りないにしても人工呼吸器もある。ワクチンも時間の問題だろう。

信じられないと思うが、あの頃はネズミの死骸を乾燥させて粉末にしたのを皆で飲んだりしてたんだぜ?

あとはそうだな。今も人工兵器だなんだ言われているけどあの頃も同様だった。第一次世界大戦で敵対していたドイツが菌をばらまいたっていうのを皆が言っていたな。今は中国がどうのって言うがあの頃は全部ドイツのせいだった。

とにかくパンデミックってのは必ず収束するもんなんだよ。

騒動が終わった後に一番バカにされるのが、その騒動の最中に流言飛語を飛ばした連中とそれに踊らされた連中。次にどうしても世間が向いている方向と逆の行動をしたくなってしまう天邪鬼。

あいつ馬鹿だったなあって後から言われないように、今している行動をしっかり顧みておいた方がいいぜ。

もしかかったとしたってコレラの時よりましだよ。あれ本当にコロリって死んじまうからな。さらにかなり苦しい死に方だぜ?

日本では何度か流行したけど俺が経験したのは文久2年だから丁度幕末の頃。そういえばあの時もデマがすごかったな。

倒幕派が政情不安を煽って江戸での死者数を盛りに盛りまくって吹聴していた。実際は江戸にはほとんど来ていなくて、その理由に幕府が箱根その他の関所で、旅人の動きを抑制していたこと。

江戸時代を通じてその防疫効果を一定に保てたことからもロックダウンは現代でも有効だろう。

内藤新宿の宿場でのサイコロ賭博では随分稼げたものだがあいつらは元気にしているだろうか。

他の時代の話まですると長くなるからそろそろ終わりにする。

とにかくコロナはそのうち収束する。俺は見ていたから知っている。

今怖がりな連中が言っているような最悪なシナリオにはならないことだけは教えておこう。これくらいなら時空デコも来ないはずだからな。

手洗いうがいなど色々言われているが、まずは感染を避ける意識を持って行動することが大切だ。

もうひとつ、あと少しするとデマが原因で恐ろしい悲惨な事件が起こってしまう。とても悲しく、そして胸が痛い事件だ。

だが未来はいくつもの道に分岐しているから、それが起きない未来へも繋がっている訳だし、この時代の連中の頑張り次第ではどうにかなるかもな。

俺が令和にいるのも航時法であと二年までとなってしまったが、引き続き宜しくどうぞ。

あばよ。

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