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新人研修講師を辞めた

これまで7年ほど、4月からは6月までの3ヶ月間はIT企業向けの新人研修の講師として働いてきた。今年の7月に転職し、そのタイミングで講師業から身を引くことにした。

実は転職先の企業でも教育の部署があり、新人研修を実施している(というか、私が講師をしていた研修事業の大元を担っている会社だったりする)。転職する際に、講師はやりたかったらやってもいいし、やりたくなかったらやらなくてもいいと言われた。私は開発の部署に所属して開発業務に専念することにし、新人研修講師はやらないことにした。(将来どうなるかはわからないけれど)

講師を辞めた理由

講師を辞めようと思った要因はいくつかあるが、一番の理由はシンプルに向いていないと思ったから。厳密に言うと、講師自体が向いていないとはあまり思っていないのだが、新人研修の講師は向いていないと思った。

分からない人の気持ちが分からない

なぜ向いていないかというと、年々、分からない人の気持ちが分からなくなっているからである。
私が講師をしていた研修は、複数のIT企業から新人を集めて合同で3ヵ月間の研修を行う。参加する研修生のバックグラウンドは実に様々で、4年間大学でIT系の技術を学んでいた人もいれば、文系でIT系が全くの未経験の人もいる。社会人を経験して別の業界から転職してきた中途採用の人もいれば、アルバイトの経験もない高卒の人もいる。
それだけ様々な人が集まれば、理解のスピードにかなりの差が生まれる。講義に余裕でついてこれる人もいれば、まったく理解できずついてこれない人もいる。
私が講師を務めていた研修の上層部は、どちらかというと理解力の低い下の層の研修生をサポートすることに力を入れてほしいようだった。しかし、先に述べた通り、年々理解できない人の気持ちに共感できなくなってしまっているので、私にはサポートの仕方が難しい。
理解できないなりに努力していることが見える研修生はもちろんフォローするが、理解できていないうえに努力している様子も感じない人に対しては、フォローも指導もする気が起きない状態になってしまった。

少なくとも、IT技術に対する興味か、理解できないことへの危機感のいずれかを持っていれば長期的には伸びる可能性が高いが、中にはそのどちらも持ち合わせていない人もいる。
そして、そのような人をサポートする術を私は持っていない。

講義の中で具体例を増やしたり、何かに例えることで分かりやすく説明することはできなくもないが、最近はそういうこともしなくなってしまった。
わかりやすく説明されたものしか理解できない人は、いざ仕事で難しいことを理解しないといけない場面に遭遇した際におそらく苦労する。
なので、難しいことを自分の頭で考えて理解する能力を鍛える方が長期的には重要であると考えている。
そういう意図があってあえて分かりやすい説明をしないようになったのだが、そうすると理解できる人と理解できない人で格差が広がる結果となり、ボトムアップは実現できなくなってしまう。

そんな感じで、研修で私が講師を務める教室では実力の格差が広がって終わることも多く、新人研修の講師は向いていないなと思った。

マナーで教えられることがない

もう一つ、向いていないと思った理由は、ビジネスマナーにおいて教えられることがほぼなくなってしまったこと。
私が講師をしていた研修は、新入社員に向けた研修であるため、ほとんどの人が社会人になりたてである。そのため、研修の中ではビジネスマナーも扱っており、カリキュラムに組み込まれている。
しかし、マナーも年々教えられることがなくなってきた。

例えば、身だしなみについて。
研修ではスーツで出社してもらって身だしなみについて話をしていたことも昔はあった。しかし、コロナ渦でリモートワークをして、思いっきり部屋着の状態で仕事していた経験を経たことで、ITエンジニアは開発で成果を出せば身だしなみなんてどうでも良いのでは?という考えになってしまった。
そんな考えの人が身だしなみについて話をしても何の説得力もない。

例えば、時間について。
リモートワークをしている時期は、仕事が始まるギリギリの時間までだらだら時間を過ごしていた。出社する場合も、業務開始時間をずらすことで渋滞の時間を回避して出社することが増えていた。
そういう経験をしていると、早起きしてわざわざ渋滞に巻き込まれながら会社の業務開始時間に合わせて出社するなんて馬鹿らしく思えてくる。
そんな考えの人が、「遅刻しないように早めの行動を心がけましょう」なんて言っても説得力がない。
研修生の中には会場が家から遠くて、車で1時間以上かけて通勤している人もいた。一方の私はというと、研修会場近くのマンスリーを借りて歩いて5分で行ける距離から通勤していた。
渋滞の中自分で運転して1時間以上かけて来ている人が遅刻したとして、歩いて5分の距離で通勤している私が一体何を指導できるのだろう。

研修では名刺交換や電話対応などもビジネスマナーとして講義をしている。
対面で会ったことがない人ともリモートで一緒に働くことも一般的になった今の時代に名刺交換のルールはどこまで必要なんだろうか、と思うし、IT企業なら会社の電話使わずにチャットとかミーティングツールでやり取りしようと、思ってしまう。

そんなこんなで、ビジネスマナーという観点で私が本気で伝えられることがあまりなくなってしまった。

助成金ビジネスの限界

新人研修は国の助成金制度を利用していることが多く、私が講師をしていた研修も助成金を利用していた。
顧客の企業からすれば研修費用を助成金で賄えるのでありがたい話だが、研修を運用する側からするといろいろと制約もあるのでつらい。
例えば、研修は事前にカリキュラムを作成し、そのカリキュラム通りのスケジュールで進めなければいけない、などの制約がある。
事前に計画を立てて研修を進めることは悪いことではないが、先に述べたように研修生の理解のスピードにはかなり差が出るので、3カ月間、全員が同じ内容・同じペースで講義を実施するのは正直現実的ではない。
レベルの高い人に合わせた講義のスピードにすると、ついてこらない人が出てしまうし、レベルの低い人に合わせた講義のスピードにすると逆に暇になる人が出てしまう。
全員に最適化された教育にするには、塾のようにレベル分けをするなどして、動的にカリキュラムを組み替えるなどの工夫が必要になるが、助成金の制約上できなかったりする。
ビジネスである以上仕方ない部分もあるが、前提知識やモチベーションがバラバラな人が参加する、かつある程度長期間の研修で助成金を活用しようとすると、全員の満足度を上げるための最適化が難しく、私自身のモチベーションを保つのが難しかったのも事実である。
これも新人研修の講師を辞めたいと思った1つの要因である。

講師をして得られたもの

新人研修の講師は上記の理由から自分向いていないため、引退することにしたのだが、長年講師をやってきたことで得られたものもたくさんある。

研修生や企業担当者との関係性

講師をしていて最もよかったと思うのは、人脈が増えたこと。
新人研修を実施すると受講生の数だけ関わりのある人が増える。
もちろん、研修が終わればそれっきりの人もいるが、中には研修が終わった後も定期的に連絡を取ったり飲みに行ったりしている人もいる。
また、研修生だけでなく、研修生を出してくれた企業の担当者との関係性も築ける。
IT業界は技術職ではあるが、結局のところ新しい仕事が生まれる発端は人との繋がりだったりもするので、人脈が広がるのは大きなメリットだなと思う。

講師スキル

講師を続けていると当然ながら講師として必要なスキルが身についたりする。

  • 人前で話すスキル

  • 要点をまとめて伝える技術

  • テキストやプレゼン資料を作る技術

  • 報告書作成スキル

どれも仕事をしていく中で大事なスキルではあるけれど、エンジニアとして開発ばかりやっていると人前で話す機会はなかなかないので、そのようなスキルを身につけられたのは大きかったと思う。

技術力向上

開発の仕事をしていれば現場で使用する技術が身について技術力は向上するが、講師業と兼業することで技術力向上にもプラスになったような気がしている。
研修生から色々と質問されるので、その分知識が増えたり深く理解できたりする。あと、新しいことを勉強するときもその内容をいつか人に教える前提で学ぶ癖が身につくので、アウトプットを前提とした形で理解が早くなったりもする。

今現在、Java + SpringBootによるWebアプリケーションの開発現場で業務をしていますが、その2つは研修で教えていた内容だったので、今のところあまり苦労することなく開発が進められている。
アウトプットすることによる理解度の向上は馬鹿にできないなと思う。

今後の教育との関わり方

新人研修の講師は正直もうやりたくないが、技術を人に教えたり、技術系の内容の講義をするのは割と好きなので、何かしらの形で教育には関わっていけたらと思う。
とある後輩から、「新人研修の講師は向いてないですね。2,3年目向けの講師なら向いてます」と言われたことがある。
自分でも割とそう思う。経験の浅いエンジニア向けの技術特化型のステップアップ研修などの方が得意かもしれない。
そういう機会があるのかどうかはわからないけれど、自分の身近なチームや後輩に向けて技術面でのスキルアップを目的とした何かしらをやっていきたい。

新人研修でずっと講師をしていると、人前で話すことにも慣れてしまうが、一度期間が空いてしまうと再び人前に立つときには結構緊張したりする。
せっかく身についた講師スキルも使わなければきっと退化していくので、退化しすぎない程度に適度に話す場があった方が良いのかもしれない。

また、私が新人研修を実施する際、自作のWebアプリを開発し、そのアプリを使って研修の運用をしていた。
元々は、完成度を上げて研修事業の大元の会社に売って副業する魂胆だったが、転職先がその大元の会社になったので、開発したWebアプリをどういう形で展開するべきか考え中である。
そもそも使ってもらえるかどうかもわからないが、どうせ内部にいるのなら、開発者として研修のサービス品質向上に繋げられるように動いていければ良いなと思う。


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