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【読書】トレバー・ノア


生まれたことが犯罪!?


衝撃的な副題の付いたその本には、困難な状況をしなやかに、面白可笑しく生き抜くためのヒントが詰まっていた。


本書はアメリカの人気風刺ニュース番組「ザ・デイリー・ショー」司会者のトレバー・ノアさんの自伝だ。

トレバー・ノア (Trevor Noah)とは

コメディアン。1984年、南アフリカで黒人の母と白人の父の間に生まれる。アパルトヘイト下にあった当時「生まれたことが犯罪」だった。
2015年にアメリカの人気風刺ニュース番組「ザ・デイリー・ショー」の司会に就任。2016年の大統領選ではその切れ味鋭いユーモアで大きな注目を集める。2018年にはグラミー賞のプレゼンターも務めた。
(出典:Amazon BOOK著者紹介情報)


軽快な文体とは対照的に、アパルトヘイト政策の残酷な歴史や、相手の言語を知ることによる相互理解など、本書にはいくつものテーマが存在する。


その中でもとりわけ、ユーモアに溢れるお母さんの存在が、本書の屋台骨になっている。

お母さんのトレバー・ノアさんに対する接し方は、彼の前向きで感性豊かな人柄を育み、同時に活躍の原点にもなっている。

記事の中だけではとても書き尽くせないが、この点について一部だけでもご紹介できたらと思う。



どこにでも行けるし、なんでもできる、そんなふうに育ててもらった


徹底した人種隔離政策の下にあって、住んでいる村から出ることすらままならなかった時代に、お母さんが絶えず示してきた態度だ。

お母さん自身は、大人からそのように教わった経験がないどころか、極貧生活の中で両親に見捨てられた過去があるということには、驚きを禁じ得ない。

この世界は好きなように生きられるところだということ。自分のために声をあげるべきだということ。自分の意見や思いや決心は尊重されるべきものであること。そう思えるようにしてくれた。



私たちは普段、自分が知っている枠組みの中で目標を設定している。

ひどく制限された環境の中で暮らしていたら、思い描ける夢もおのずと狭まってしまうのは、無理もないことだ。

ところが、今いる環境が世界のほんの一部にしか過ぎないこと、見えている世界を絶対視しないことを、お母さんは絶えずトレバーさんに伝え続ける。

「この子が一生ここから出ることがないとしても、ここだけが世界じゃない、とわかるようになること。それさえ成し遂げれば、わたしは十分。」



知性と他者視点を授ける、親子のコミュニケーション


お母さんは、トレバーさんが比較的幼い時期から、彼を一人の大人として扱っている。

主体的に考えたり、他者と建設的に交渉したりする力は、一朝一夕には身に付かない。

かあさんはいつも、「あんたの身体と魂と知性にちゃんと栄養を与えるのがわたしの仕事」と言っていた。
「この一節の意味は?トレバーにとってはどういう意味になる?自分の身に当てはめたらどうなる?」と、毎日がこんな調子だった。かあさんは学校では教わらないこと、考えるとはどういうことかを教えてくれたのだ。


異性への接し方についても、お母さんが幼いトレバーさんに伝えるのは、常に大人同士のコミュニケーションに関することだ。

「相手の目をしっかり見て、存在を認めて挨拶するの。母親に対する態度が、将来、妻に対する態度になるんですからね。女性はちゃんと認めてもらいたいものなの。」

他者との関係構築に関するハウツー本は巷に溢れているが、日頃の家庭内でのコミュニケーションに勝る練習はないことに、改めて気づかされる。


物事の明るい面を見なくちゃ

アパルトヘイトのような特殊な状況でなくても、日常生活の中で何か困難が生じた時、そのネガティブな面につい目が行ってしまいがちになる。

トレバー・ノアさんのお母さんは、どんな苦しい状況にあっても、明るい面を見出すことを忘れなかった。これが生き抜くエネルギーになっていたことは言うまでもない。

不条理をユーモアで切り抜ける。これは本書を貫くテーマである。

かあさんはなんでも面白がれる人だった。かあさんの手にかかると、どんなに重苦しいことや堪え難いことでも、ユーモアで立ち向かえるのだ。
体制に歯向かうな、からかえ。


以下は、お母さんが銃撃された時の一節だ。うろたえ取り乱すトレバーさんを前に、持ち前のユーモアがさく裂するシーン。思わず目頭が熱くなった。

「あのね、物事の明るい面を見なくちゃ」
「はぁ?なにバカなこと言ってるんだよ、明るい面って。顔を撃たれておいて、明るい面もなにもあるもんか」
「ちゃんとあるわよ。これであんたが正真正銘の、家族でルックスナンバーワンじゃない」かあさんはにっと顔をほころばせたかと思うと、笑い出した。泣いていた僕も、つられて笑い出す。大泣きしながら大笑いしていた。


最後に

トレバー・ノアさんは本書の中で、差別や暴力が横行する世界にあっても、幼少期から、人とのつながりを保つのは暴力ではなく愛だと気づいていたと述べている。

誰かを愛し、その人のために新しい世界を創りだすことを、お母さんの姿から学んだという。

手元に置いて、折に触れて読み返したい、そんな一冊だ。

mie