マガジン一覧

とある新聞連載

2020年1月に遠野へやってきた30代女性。2年間の遠野生活も残り半年となったある日、「遠野での暮らしや仕事について書いてみませんか?」と言われ、とある新聞にコラムを連載することに。 …と空想して、勝手に毎日連載はじめます。

113 本

1月25日

 出発日の今日は、朝8時すぎから引越業者が来て荷下ろしが始まった。段ボールを出すだけだと思っていたが、ベッドの解体やらなんやらで部屋を退去するまでに3時間もかかった。すでに11:30。市役所がお昼休憩に入る前に家賃の支払いと鍵返却に行かなければ。  郵便局で転送手続きをしてから現金をおろし、急いで市役所へ。会計課と管財担当をまわって、事務所へ挨拶に行く。その後、本の森にも行って、風の丘でお昼を食べようとしたときにトラブルは起きた。財布がない。  引越業者に代金を支払って、

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1月24日

 コインランドリーから洗濯物を取り出したら、直径約1cmの凹凸のある金属物が出てきた。登山用ズボンのウエスト部分の留め具が外れてしまったのかと見てみたが、壊れた様子はない。つづけて洗濯物を取り出していると、また同じサイズの金属物が出てきた。やはりほかの留め具が壊れてしまったのだろうかと洗濯物をあらためるも、とくにこれといって心当たりはない。  すべて洗濯物を出し終えて、残ったものがないか確認したら、分解された単3電池が転がっている。ズボンの留め具だと思ったものは、単3電池の

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1月23日

 「ちからさんで一本勝負しませんか?」  こゆきに誘われるまま、夜に「ちから」へ出かけていったら、まさかのお休みだった。口はもうすっかり「ちから」になってしまっている。名残惜しかったけど行かれないものは仕方ないので、まだ行ったことのないところへ行こうと、「祭り」へ入った。  初めて入った「祭り」は、お酒も料理もとても美味しかった。「ちから」に頼りすぎて来たことがなかったけど、あらためて遠野のお店はどこも美味しいと思う。  昼間はでみちゃんと県立博物館へ行って、道中いろい

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1月22日

 幸せな一瞬がたくさんあった日で、どこから書き出していいか迷う。送り出してくれたたくさんの顔を思い返しては、ありがたさを感じている。  今日は午前中に「こども本の森 遠野」の活動報告会があり、オープンからこのかた行われてきたイベントと来館者状況の報告、市民による意見交換があった。その席で一言お話しする機会をいただき、この施設に対する思いと遠野への感謝を述べた。こども本の森の仕事は、わたしにとってとても印象深い仕事となった。  そのあとは来店いただいたことがきっかけで仲良く

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1 本

春、綿々と

これはFEEL FLOW FREEが主催するEXPERIENCE MAGAZINE「あくる春展」に寄稿したエッセイです。 FEEL FLOW FREEのInstagramアカウントはこちら→ https://www.instagram.com/feelflowfree_mrok/ 挿絵はアーティストの大多和琴(@otawakoto)さんに描いていただきました。個展を見にいって以来すっかり魅了されている作家さんで、今回始めて挿絵を依頼しました。頼んで本当によかったと思ってい

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日々のこと

日々の暮らしのなかで、ふと思うことを書き連ねています

3 本

生まれた日

4月6日、またひとつ歳を重ねた。 誕生日を迎えた朝、朝食にパンとコーヒーを用意する合間に洗濯機を回し、お風呂とトイレを掃除した。今日は日中にタイヤ交換をするからと、倉庫にしまっておいたタイヤを車に積み込む。 誕生日だというだけで家事もスイスイはかどる。不思議なものだ。 職場では一緒に働く仲間から遠野の美味しいものの詰め合わせをお祝いにいただき、夜は自宅に最高な仕送りセットが東京の友達から届いていた。 特別なディナーにすることも考えたけど、結局、ふだんと何ひとつ変わらな

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風が強く吹いている

盛岡気象台が平年より三日遅い初雪観測を伝えた朝、遠野には強い風が吹いた。 空は低くどんよりとして、雲は重そうにそのからだを横たえている。 職場へ向かう朝、枯葉がいきおいよく舞う道を垣根伝いに歩いていると、垣根の向こうの高校からたくさんのはしゃぎ声が聞こえてきた。なにに盛り上がっているのだろう。垣根が途切れ、高校生たちのはしゃぐ姿が見えると、まだ開かぬ体育館の扉を前に、彼ら彼女らは風の寒さに笑い、声をあげ、はしゃいでいるのだった。 風が強く吹いているというだけで、あれほど

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ゆらゆら揺れる

ある俳優の訃報を聞き、思いの外ショックを受けている。ファンだったわけではない、一緒に仕事をしたわけでもない。たぶん、理由は、年がひとつしか違わないということだけだ。 なにが彼をそうさせたのかは知らない。わかっているのは、それだけのことがあったということのみだ。それで、つらつらと、思うことを書いてみる。 なにか悩むことがあったとき、ものすごい寂しさと虚しさに襲われるとき、わたしはそれをそのままにしておく。無理に解決しようとしない。 なにも昼夜問わず、それらがずっとわたしを

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3 本

森と湖の国 前編

いままでアジア諸国ばかり巡っていたわたしが、なぜ唐突にフィンランドに行くことしたかといえば、それはやはりわたしの育った町に由縁しているのであろう。 わたしが育った町はむかしからフィンランド、というよりはムーミンと関係があった。ムーミンの世界観を模した公園が丘陵のすぐそばにあり、そこへは子どものころからよく行っていたし、その親しみやすいフォルムに愛らしさも感じていた。そして去年、この町にあらたにできたのがムーミンのテーマパークである。テーマパークといってもアトラクションや

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森と湖の国 後編

3月16日、フィンランドの緊急事態宣言によって、すべての美術館、博物館、図書館の閉鎖が決められた。効力を発揮するのは2日後の3月18日から。とはいえ、対応を急いだ施設はレストランやカフェも含め17日から閉めていた。3月17日、わたしはヴァンターからフィンランド第2の都市でありサウナキャピタルとも呼ばれるタンペレと移動することになっていた。 そのころになってわたしもやや不安を感じ始めていた。帰りの飛行機は飛ぶのだろうか、外国人旅行者は出国できるのだろうか。すこし不安になったわ

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森と湖の国 中編

街中の観光スポットをおおかたまわったわたしは、郊外に足を伸ばしてみたくなった。そのころには、乗り物にもだいぶ慣れ、バス下車の際には運転席のミラー越しに片手を上げてドライバーに謝意を伝えることも、車内の電光掲示板にあらわれるバス停の名前を見て自分の降りるべきバス停が近づいているかどうかもわかるようになっていた。 それはVRと呼ばれる特急列車に乗ってイッタラ村を訪れたときのこと。 前日、イッタラ&アラビアデザインセンターにすっかり魅了されたわたしは、あくる日の昼過ぎ、村にあ

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