【R18】それを恋を呼ぶなら 最終話「君を忘れない」
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…沙耶ちゃんはね。生まれつき心臓に欠陥があったの。移植手術の話もあったみたいだけど、体力もあまり無かったから、様子を見ながら体力を付けていって、将来は移植手術を受けて普通の体に、という予定だったのよ。一週間ぐらい前に、急に具合が悪くなって入院したの。でも、容体が回復しないまま、亡くなってしまった。
あと一ヶ月ちょっとで沙耶ちゃんの誕生日だったのに…。
♢
僕は何も知らなかった。彼女について何も。何もだ。誰も、彼女自身も、何一つ教えてくれなかった。心臓が悪いことも、手術のことも、誕生日のことも、生きていたら二十歳になるはずだったことすら知らなかった。
彼女がいなくなってしまってから母が教えてくれた。でも、もう遅い。遅すぎる。どうしてもっと早く教えてくれなかったのかと泣き叫んで暴れた。どうして。どうして僕だけが。
せめて入院したことを聞いていたら、絶対にお見舞いに行ったのに、何があっても絶対にだ。どうして。どうしてなんだよ。
大人たちに無理やりに黒い服を着せられ、電車に乗り、葬儀の会場へ。そこは、尖った高い屋根の先端に十字架のある建物だった。キリスト教の教会だ。中に入ると花がいっぱいあった。とても広い。人もいっぱいいた。たくさんの花が飾られた立派な段の上に彼女の写真があった。写真の彼女は笑っていたけれど、あの日、僕に見せてくれて笑顔の方が百万倍もすてきだった。綺麗だった。可愛かった。
優しい顔の神父さまがやって来て、荘厳なオルガンが鳴り、周囲の大人たちが知らない曲を歌う。讃美歌らしい。
僕は、黒い額縁の中の、写真の彼女をずうっと眺めていた。でも、思い浮かべるのは、もっとずうっとすてきな、僕だけが知っている沙耶さんだ。あの夏の日、二人でベッドにいるとき、見てはだめって言われていた毛布の中を見てしまった僕の目に、彼女の美しい裸身が焼き付いた。秘密の遊戯のときのやるせない表情も、見つめてくる大きな瞳も、すべて僕だけの三津井沙耶の姿だ。もう二度と会えない君の。
♢
毎年、彼女の命日には、僕はひとりで電車に乗って、彼女のお墓参りに行く。青々とした芝生に囲まれた白い墓石の前にひざまづき、目をつむり、彼女に話しかける。通っている高校のこと、授業のことや部活のこと、その他、思いつくことをすべて話す。
僕が入学した高校では部活動は強制だった。考えた末に、僕は古典部に入った。古文や和歌を研究する部だ。そこを選んだ理由はただ一つ、彼女から唯一もらった手紙に和歌が書かれていたからにほかならない。百人一首にも選出された恋の和歌だ。
しかし、いくら研究しても、僕への手紙にあの歌を書いた彼女の真意はわからなかった。彼女に問いただす機会は永遠に失われてしまった。
僕のことをどう思っていたのか、どうして僕なんかに体を触らせてくれたのか、どうして。なぜ。その疑問を解消してくれる人はもういない。僕の問いは宙に浮いたまま、堂々めぐりを繰り返すだけだ。
ただし…。いつかきっと忘れてしまうと言った彼女の言葉は全否定する。絶対に忘れない。時が過ぎても、大人になっても。いつまでも。
君の目も、唇も。君の華奢な白い肢体も、そして…君の味も。決して忘れない。
それを恋と呼ぶなら。
𝑭𝒊𝒏
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