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【短編小説】苛立つ指先
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かすかな衣ずれの音で目が覚めた。自分が寝てしまったことすら気づかなかった。無意識に手を伸ばし、そこにいるはずの温かな身体を探す。でも手のひらに伝わってきたのは、シーツに残るあなたの体温の残滓だけ。
快感の残り火が揺らめいている気だるい身体をベッドから起こすと、あなたはちょうどネクタイを結んでるところだった。そのバーガンディのネクタイは、去年のクリスマスに、わたしがあなたにプレゼントしたもの。ネクタイを結び終えたら、あとはスーツの上着とコートに袖を通せば身支度は終わってしまう。
「もう帰るの?」
「ああ。もう時間がない」
そう言いながら、きちんと結び目を作るあなたの指先に苛立ちを覚える。
…わたしを抱いているよりも、体裁を整える時間の方が大切なんだ。
時間がない。いつものあなたの口癖だ。そんなことはわざわざ口にせずともわかっている。最近は時間がないと言われるたびに気持ちがささくれしまい、だったらこんなこと、全部やめてしませばいいと怒鳴りたくなる。
時間なんて気持ち次第で何とでもなる。二人だけの貴重な時間を、たとえ短い時間だとしても幸せだと感じられるならそれで構わないのに、あなたは気づかない。
付き合い始めたばかりの頃は優しかった。いつもまでもきみと一緒にいたいなんて甘い声で囁かれ、家庭のあるあなたにはそんなことは不可能なのに、わたしを喜ばせたいだけの、その場だけの嘘と知っていても嬉しかった。
…それが今は。
所詮はあなたも他の男と同じ。男の本能を解き放つ相手が欲しいだけで、それはわたしでなくてもよかった。何度も失敗しているのに、セックスを恋と勘違いしたわたしも懲りない馬鹿な女だ。
「ネクタイが曲がっているわ」
「あ。そうか。ありがとう」
…ふん。何が"ありがとう"よ。
𝑭𝒊𝒏
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