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【掌編小説】好きを仕事に

「はあ、また俺が素材集めに行くのかよ」
カンボジアの遺跡を参考にしたと思われるダンジョンの前でアユムはため息を吐いた。

右手に持った剣と左手に持ったバックラーを交互に眺めて、渋々ながら意志を固める。
---数時間後
「お疲れ様です。今日の収穫です」
「お疲れ様でした。ありがとうございます。こちら報酬になります」
領主が設定した無駄に胸が大きなNPCがいつも通りの言葉と対応で報酬をくれる。

「ふう」
アユムは大きく息を吐きながらゴーグルとヘッドセットを外す。
そしてPC画面に向き合い、トークンを日本円に変換する操作を行った。

大きく1つ伸びをして自室を出ると、嫁がリビングのカウンターキッチンに立って料理をしていた。
「お疲れ様」
「うん」
「どうだった?」
「まあ、いつも通りだよ。適当に狩りして稼いだトークンを現金に換えてきた」
「そう」
嫁は再び料理へ視線を戻す。
炒め物をしているのだろう、香ばしい匂いが部屋に充満していた。

アユムはぼんやりと考えていた。
「好きを仕事に」「もっと自由に」なんてことを考えて独立したが、メタバースの中にもやはり自由などないのではなかろうか。

「play to earn」「ゲームで稼げる」こんな言葉に踊らされて今の仕事を始めたが、結局日々の成果を領主であるプレイヤーに納めて給金をもらう。
現実と変わらぬ図式がそこにはあった。

そしてトークンを現金に換えなければ生活が成り立たない現実は当然付いて回る。
家賃を支払い、スーパーで食材を買い込み、税金支払いの手続きも行う。
現実から逃げるように飛び込んだ仮想空間でさえ、現実に立脚しているのだと改めて思い知らされた。

「ねえ、アユムくん。もうすぐ夏休みでしょ?沖縄行きたくない?」
「ああ、いいね」
アユムは気のない返事をした。
「この前家に来たユミいるでしょ?夏は旦那と2週間イタリアに行くんだって」
「そうなんだ。イタリアもいいな」
「ね、羨ましい〜」

アユムは嫁の言葉を聞き流してトイレに入った。
便座に座りながらアユムはブツブツと呟く。
「何がイタリアだよ。んな金ねーよ」
スマホに通知が届く。
[本日の活動報告です。〜なんたらかんたら〜]
先ほどまでログインしていたゲームでプレーヤーの付き人として位置付けられているNPCからだった。
画面に映る可愛らしい女性は、労いの言葉とニュースと称して今後実施されるイベントの概要を伝えてくれた。

アユムの視線はスマホ画面からトイレのLED電球へと移る。
「あーあ、嫁がNPCだったらなあ」

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