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【掌編小説】私は兵器です

丁寧にお辞儀をして去っていく女性の後ろ姿を眺めながら彼は言った。
「すごいものですね。僕が生まれた頃はこんな世界が来るなんて想像もしませんでしたよ」
「ああ、そうだろう。私たちにしたって近年の技術的進歩には目を見張るものがある。各地で新しい技術が次々と勃興していくのだからな」
「教授からしてもそう感じるのですね」
「そりゃそうだよ」
そう言うと教授はコーヒーを軽く啜った。
向かいに座る青年も教授に倣ってコーヒーに口をつける。
「まさかアンドロイドが給仕をしてくれる世の中が来るとはね。人間が淹れたコーヒーと遜色ないだろう?」
「ええ、本当にそうですね」
先ほどコーヒーを持ってきてくれた女性型アンドロイドの方に目を向けるとにっこりと微笑んで軽く首を傾げた。

「見た目も人間と見分けが付きませんよね。AIと結婚する人もいるみたいですし。識別IDの記載された腕輪が無ければ気付きませんよ」
「そうだな、技術の進歩は本当に目覚ましい」
「これも教授がAI分野における基礎研究で多大な功績を残したからですよ」
「やめてくれ、居心地悪い」
教授は顔の前で払うように手を振って言った。

「そういえば知っていますか、教授。AI同士で自分たちの存在を理解しようとする試みが自発的に起こっているそうですよ。人間で言う自己認識を高めるようなことみたいですけど」
「なるほど。経験や思考を共有する取り組みは知っていたが、それがさらに発展してるようだね。一体彼らがどのように自分たちの存在を位置付けるか楽しみ半分、怖さ半分だな」
「そうですね。AIが自分たちの存在をどう定義するのかなんて想像もつきませんね」
そう言って2人は同時にコーヒーを啜った。

---教授と青年が会話している同時刻

とある繁華街。
制御の利かなくなったワゴン車が歩道に突っ込んでくる。
「危ない!」
大きな衝突音と金属が擦れる音が辺りに響いた。
自動運転の故障かブレーキが動作することもなく、車は歩道に乗り上げていた。

正面から衝突し大破するワゴン車と、それに下半身を押し潰される女性型アンドロイド。
その隣りで大声で喚く男性の姿。

「あぁー、平気か?平気なのか?」
男性が車に潰された女性型アンドロイドに必死に話しかけている。
取り乱し具合から察するに、男性は道具としてではなくパートナーとしてアンドロイドを扱っているようだった。

人間を模して作られたアンドロイドはそれと同じように記録や音声発信などの器官も上半身に集約され、下半身は移動に特化していた。
移動するための機能は損傷したが、幸いその他の機能は無事だったため音声を発することができた。
「はい、私は兵器(へいき)です」
「平気か、よかった」
噛み合わない会話に気付かず、男はほっとした表情を作った。

この日から2週間後、アンドロイドは自分たちの役割、機能、装甲性能などを総合的に判断し「人間の生活をサポートする兵器」であると位置づけたことを発表した。

環境保全運動の論文に共感したアンドロイドたちが、地球環境を守るために人類の三分の一を駆除すると宣言するのはもう少し先の話。

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