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【掌編小説】regulation No.49

「関係者の皆様へ
平素より、我々が主催するグランアスロン競技へのご理解とご協力をいただきまして誠にありがとうございます。皆様のお力添えを受け、身体の一部を機械と置き換える義体化技術を施した選手がトライアスロンを行うグランアスロン競技は年々その競技人口を増やしております。未だ発展途上の当競技ではありますが、この度、我々グランアスロン実行委員会は新たにレギュレーションNo.49の改定を行いこれまで禁止としておりました完全義体《フルボディ》での参加を承認することといたします。公平性の観点から禁止としてきました措置を改定する背景といたしまして、一人の選手の強い要請があったことを当人の許可を得たうえで公表いたします。」

完全義体フルボディで参加したいっていう選手がいる?」
 チェアマンの須藤が部下の佐久間の報告に驚きの声を上げた。事務所内に須藤の声が響き渡る。佐久間は須藤の声の大きさに顔をわずかに顰める。
「須藤さん、そんなに大声出さなくっても聞こえます」
「ああ、ごめんごめん。えっと、その選手はグランアスロンが完全義体フルボディを禁止しているって分かって言ってるんだよね?」
「どうやらそのようです。要請文の末尾にご丁寧にレギュレーションNo.49の文面をコピペしてますからね」
 そう言って佐久間は手に持った端末を目の前にかざして改めてその一文を読み上げる。
「『選手の身体的ハンディキャップの解消のために出力、応答性、可動域を調整した義体の装着を認めるが、その駆動において選手が全く介在しない完全義体フルボディはこれを認めない』。当然の措置だと思うんですがね」
 佐久間はそう不満げに言った後、端末から顔を上げて須藤を見やる。須藤の口の端はわずかに笑みの形に歪んでいた。これはやっかいそうだぞ、と佐久間は内心で呟く。須藤がこういう表情をするときは事態を面白がっているときなのだ。これまで何度それに振り回されたことだろうか。そんな佐久間の内心を知ってか知らずか、須藤は笑みをより一層深くしながら告げる。
「いったいその選手ってのはどんなやつなんだい」
「それがですね、今回初参加ということで実績などはないみたいなんですよ」
「それなのにレギュレーションの改定を求めてきたわけ? ずいぶんと大胆なやつだねぇ」
 呆れたように言った後、小声で「ま、そういうの嫌いじゃないけどさ」と付け足してから佐久間に「で、その選手の名前は?」と尋ねる。
 佐久間は手元の端末を更に操作する。
「ええと、登録名はマキノアイとなってますね。今回、登録フォームに直接書き込みがされていたんですが……その……」
 佐久間が言いよどむが、須藤に視線で続きを促され、渋々と話を続ける。
「その、須藤さん名指しで直接話がしたいので会いに来てもらえないかとのことです」
 文書の内容を確認しながら佐久間は不満げな表情を浮かべた。
「いきなり会いたいっていうのもあれですし、しかもこっちに会いに来いっていうのも失礼な話ですね。僕から断りの回答をいれましょうか?」
 佐久間が告げるが、須藤は腕を組みながらきっぱりと告げる。
「いいよ、行こう。そこまで言うなら直接話し合ってみようじゃないか。いったいどんなやつか興味あるしね」
 そう言いながら須藤は話はこれまでとばかりに立ち上がり、思い出したように付け加える。
「そういうわけで佐久間くん、手配よろしく」
 ひらひらと手を振りながらその場を立ち去る須藤。嫌な予感が的中したとばかりに、佐久間は端末の裏側で顔を思い切り顰めたのだった。

「今回レギュレーションを改定するにあたり、我々実行委員会の中でも様々な議論を行いました。これまで完全義体フルボディを禁止としてきたのは皆様ご存じのようにその駆動において選手が全く介在しないことが主な理由となります。しかし今回あえてこれを解除するに至ったのは、その選手が置かれている状況の特殊性によるものです」

「なあ、本当にここであってるのか?」
「そのはずなんですが」
 二人が立っているのは築五〇年はあろうかという安アパートの一室の前だった。佐久間が意を決して玄関のチャイムを鳴らす。ピンポーンと軽い音が内側で鳴ったのがはっきりと分かるほど、薄っぺらいドアのようだった。そのドアの向こうから、きゅるるる、というモーター音が聞こえてくる。須藤と佐久間が不思議に思い顔を見合わせていると、その音はドアの前で止まり、ついで鍵を開ける音と共に、ドアが開いた。
 二人は思わず後ずさる。
 ドアの向こうに立っていたのは、シリコン製のタイヤをはき、作業用にアームを備えた人間サイズのロボットだった。頭に当たる部分に設置されたカメラが二人の姿を捕らえると、胸元に取り付けられたスピーカーから合成音声が響く。
「お待たせしました。グランアスロン実行委員会の須藤様と佐久間様ですね? どうぞ奥へお入りください」
 須藤と佐久間は戸惑いながらもロボットに促されるままにアパートの奥へと踏み込んだ。短い廊下の奥は六畳間となっていたが、そこに生活感はみられない。部屋の隅には巨大なサーバーラックが鎮座しており駆動音を絶えず響かせている。そのサーバーを冷やすためだろうか、この部屋には不釣り合いなサイズのエアコンが冷風を勢いよく吹き出しており、部屋の中は肌寒いくらいの温度となっていた。
 部屋の中央には無機質なテーブルが置いてありその前にパイプ椅子が二脚置いてある。テーブルを挟んだ向かい側にロボットは移動すると、スピーカーから再び音声が響く。
『狭いところで申し訳ありません。どうぞおかけください』
 促されるままに二人は椅子に腰掛けるが、佐久間はさっきから落ち着かなそうに周囲を見回している。一通り部屋の中を見回した後、ロボットに顔を向けて佐久間は尋ねる。
「あの、ところでマキノアイさんはどちらにおられますか?」
 すると二人の正面に据えられていたモニターの電源が立ち上がり、そこに若い女性を模したアバターが表示された。モニターからはさきほどロボットが発したものと同様の合成音声が響いた。
『申し遅れました。私がマキノアイです』
 二人は思わず顔を見合わせる。先に口を開いたのは須藤だった。
「ええと、画面の向こうにいるのがマキノさん? 失礼ながら意味が分かりません。我々をわざわざここに呼び出しておいて、自分はWEB会議とはどういうことですか」
 強い口調で問いかける須藤に対し、アバターのマキノが答える。
『誤解されるのも無理はありませんが、WEB会議ではありません。私はここにいるのです。このサーバーとロボットとモニター上のアバターが私です。私はAIプログラムなのです』
 マキノの言葉に絶句する須藤と佐久間。沈黙の後、佐久間がようやく口を開く。
「あなたはAI……なのですか?」
『はい、普段はカメラの制御プログラムを動かしています。仕事で以前撮影したグランアスロン競技のダイナミックなレースの様子がどうしても忘れられず、なんとか参加したいとこのたび無理なお願いをさせていただくに至ったのです』
「なぜわざわざ我々を呼び出したのですか?」
『WEB会議ではいくら私がAIと言ってもすぐには信じてもらえないと思ったからです。それに私はこのロボットを使って参加しようと思っています。参加を認めていただくには実際にロボットが動作する様子を見てもらうのが一番だと考えました』
 マキノの言葉と共にロボットが優雅に腕を曲げて一礼する。それはまるで中に誰かが入っているかのような優雅さだった。
『このロボットは元々ヒト協調ロボットとして開発されたものです。出力も平均的な成人男性と同様に設定されていますし、可動部もシリコンで保護されていますので万が一ぶつかっても安全です。ほら』
 言いながらロボットは佐久間に向けて右手を差し出す。佐久間がおずおずとその手を取ると、ロボットは優しく佐久間の手を握り返した。その柔らかさに驚きつつも、佐久間は戸惑いを隠せない。
「いやしかし、AIの参加を認めるなんて聞いたことがないですし……」
「わかりました」
 佐久間の言葉を遮るように須藤が告げる。「えっ?」と驚きの声を上げて佐久間が須藤を振り返ると、須藤は満面の笑みを浮かべていた。
「マキノさん。私はいまとても嬉しく思っています。あなたが我々の競技を見て、参加したいと思ってくれたことに私は全力で応えたい。誰もが等しく参加できること、それこそ我々の競技が目指してきた目標なのです」
 言いながら須藤はロボットの手を握りしめる。あまりに強く握ってしまったのか、みしりと音を立ててしまい、マキノのアバターが顔を顰めた。
「おっと、これは失礼しました」
 慌てて手を離しながら須藤は佐久間に向かって言う。
「佐久間くん、これなら競技も問題ないだろう? むしろ私の方がパワーがありすぎるらしい」
「まあ、確かに思っていたのとはあべこべですね」

「今回、AI選手がグランアスロンに参加することを我々委員会は歓迎いたします。人間同士のスポーツにおけるハンディキャップを乗り越えることを目指して設立された競技であるグランアスロンにおいて、この度人類とAIとのハンディキャップを乗り越える機会が与えられたことは、我々にとって大きな喜びとなりました。願わくば、この先もその属性を問わず多くの知性体に参加いただくことを目指して、これからも我々グランアスロン実行委員会は運営を鋭意続けていく所存であります。

グランアスロン実行委員会 代表 須藤さやか」

 話題となったグランアスロンへのAIの初参加だったが、結果的にそのリザルトは「途中棄権」となった。理由はバッテリー切れだったという。


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