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よんよんまる 第45話

 冬の足音が聞こえてくるころ、岩崎さんは東京に引っ越してきた。荷物など殆どない、強いて言えば画材が少々目立つくらいか。
 引っ越ししてすぐに岩崎さんと息子さん夫婦、響と母の五人で食事をした。岩崎弁護士と響はその時が初対面だったが、もともと岩崎さんとも仲が良かったせいかすぐに打ち解け、今後『よんよんまる』に何か問題が起こるようなことがあればいつでもすっ飛んで来ると約束してくれた。
 岩崎弁護士の奥さんも趣味で少しだけピアノを弾くらしく、彼女とも話が合った。大路詩音の大ファンで、京都のラフマニノフピアノコンチェルトの時も来ていたらしい。「わざわざ京都まで行ったのに大路詩音の演奏が聴けなくて残念だったけど、イケメンの作曲家が出て来て代わりに弾いたのが凄く良かった。あのイケメンが義弟になるのね!」と大興奮だった。
 コンサートの準備も順調だった。衣装の微調整も終わり、ミュージシャンも確保できた。
 スタジオで何度か演ってみたが、なかなかに気の合うメンバーだ。仲間の雰囲気もいい。ムードメーカーとなっている陽気なパーカッショニスト二人組のおかげだろう(とは言え、陽気でないパーカッショニストなどなかなかにお目にかかれるものではないが)。
 彼らは以前その話をしていたのを覚えていたのか、アフロはダシキを、スキンヘッドはボゴランシャツを着てくることが多かった。そしてマニアックなパーカッションの蘊蓄うんちくを面白おかしく話すのだ。
 サポートミュージシャンとの合わせの曲は、詩音はピアノで響はシンセサイザーかトランペットを演奏していた。サックスとトランペットで聴かせるラテンジャズは、クラシックをメインとする詩音の音楽の世界を広げて行った。
 響の作曲した『よんよんまる』オリジナル曲も、二人のアクロバティックな動きに合わせてどんどん進化していった。進化させられたというべきだろうか。
 サポートミュージシャンが優秀だと、色々な化学変化が起こる。ベーシストがちょっと譜面と違う音を鳴らすと、響の想定していなかったコードに変化する。所謂オンコードというものだ。それだけでグッと曲が洗練されることがある。
 そこから響が「それならこういう流れにしよう」と更に変化させ、そこにサックスがアドリブを乗せてくる。ノってきたところで譜面を書き直す。こんなことが多々発生していたが、彼らにはそれすらも楽しかった。
 一か月前になると、詩音と響の練習も本格的になって来た。
 連弾で弾く曲は息の合ったところを見せたいので、舞曲に偏りがちだ。今回は以前から決めていたハチャトゥリアンの『仮面舞踏会』、ブラームスの『ハンガリア舞曲第一番』、そしてムソルグスキーの『展覧会の絵』より『鶏の足の上に建つ小屋バーバ・ヤーガ~キエフの大門』を弾く。
 リズムもテンポも揺れまくる、ラレンタンドから溜めに溜めて一気にテンポプリモなどデフォルトと言っていい。
 第一部は連弾もあるが、そもそもピアノを二台向かい合わせに並べることにしている。二台のピアノで演奏する曲があるからだ。
 サン=サーンスの『動物の謝肉祭』。そもそもピアノが入る曲ではあるが、これをピアノ二台でやってしまおうと企んだ。もちろん詩音が動物紹介をしながらである。フィナーレなどはかなり華やかになりそうだ。
 これは響が特にやりたがっていた演目だ。小学校の音楽の時間に聴いて以来「誰かと一緒にピアノで再現したい」とずっと思い続けてきたのだ。
 そして詩音の方にも「是非、響と一緒にやりたいと思っていた」と言わせた曲がある。約六分と短い曲ではあるが、ラフマニノフの『二台のピアノのための組曲第二番』の第四楽章『タランテラ』がそれだ。
 よくよく考えてみれば、タランテラもイタリアの舞曲である。以前樟葉のショッピングモールで行ったミニコンサートでも、『剣の舞』や『くるみ割り人形』の『花のワルツ』を弾いていた。まるで自分たちの息の合うところを見せつけるかのように、無意識に舞曲ばかり選んでいたのかと思うと、詩音は笑いが止まらない。
 その他に、二人はそれぞれソロも準備した。ずっと弾いていると疲れてしまうので、「交代で休もうか」などと安易な発想ではあったが、案外これも需要があるのかもしれない。
 詩音はソロ曲にショパンを選んだ。詩音らしいと言えば詩音らしい。あの名曲『バラード第四番』を放り込んできたのには、流石の響も「マジか!」と叫んでしまった。
 詩音としては『ピアノ界のプリンス』であり続けるためには、響の一歩先を進んでいなければならず、作曲家としての響に対してピアニストとしての自分の価値を少しでもアピールしておく必要があるのだ。
 一方響の方はそんなことはお構いなしだ。相変わらず「自分の弾きたい曲を好きなように弾く」というスタンスは崩れていない。
 今回はリャプノフの超絶技巧練習曲『レズギンカ』を持って来た。如何にも響の好きそうな、野性的で疾走感の溢れる曲である。そもそもレズギンカとはコーカサス地方の民族舞踊。これを弾くと聞いて詩音は「僕と正反対の曲持って来たね」と言って笑った。
 しっとりと聴かせる詩音のバラード、そして響の躍動感あふれるレズギンカ。いい意味で対照的な構成となりそうだ。
 街路樹にはイルミネーションが輝き、そこかしこからジングルベルが聞こえてくる。店頭に立っている等身大『大神響』パネルも赤い三角帽子を被せられている。チキン屋さんのおじさん人形や、ケーキ屋さんの女の子の人形に至っては、毎年服まで着せられているようだ。
 響の母は、岩崎さん……いや、新しい父と一緒に来てくれると言っていた。息子さん夫婦もチケットを押さえたらしい。もう連絡は取れなくなってしまったが、ヤスダ電機の店長さんもはるばる大阪から来てくれるとツイッターで発信していた。
 お世話になった人たちに、再結成した自分たちの最高のステージを魅せる。響も詩音もそれを二人の出発点としたかった。
 そして、ファーストコンサートは本番を迎える。

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