見出し画像

【短編小説】かくれんぼ

こんばんは、如月イスミです。
週末なので【お話しましょう】はお休みして、昔書いたであろう小説をリメイクして上げてみました。

個人的に小説は、どうしても横書きは見づらいと感じてしまうので、PDFファイルにまとめていますが、得体のしれないファイルをダウンロードするのは怖い、と思う人も多いと思うので、テキストでも同じものを書いておきます。でもちゃんと小説のPDFファイルなので、安心してください。

明日というか、もう今日ですが日曜日なので【お話しましょう】はお休みをいただきます。
皆さんはこの週末、どうお過ごしでしょうか?平日の疲れをゆっくりいやしましょうね。それでは。

下記内容は、上記PDFファイルの中身と同じものになります。
お好みの形式で一読していただければ幸いです。

短編小説「かくれんぼ」

私、高坂白音は恋を知らない。
 幼いなりに言葉の意味や、それがどういう状態をさしているのか、くらいはわかっているし、それに憧れもする普通の少女。子供の頃はそう思っていた。
 時が流れるにつれて、周りの皆は自然に好きな人が現れ、大好きな恋人ができたり、片思いのまま無為に時間を過ごしたり、失恋して落ち込んだりしているのに、私自身は、どれも経験することがなかった。幸い、容姿は恵まれていたし、性格も少しは引っ込み思案なところがあるものの、いじめられることもなく、数人から告白されたこともあった。
 でも、違うの。確かに、彼らの事は「友達」として好きだった。ただ、それ以上の感情は持てなくて、気まぐれに付き合ってみたり、フってみたり。ただ、付き合ったから相手を好きになることもなくて、自然消滅したり、こちらからお別れを告げたり。人を好きになれない自分を見ないふりして、普通の人間を演じていた。
 高校の時、男の子に恋ができないなら、と当時親しくしていた女の子と付き合ったことがある。彼女も、その若さゆえか、ただ異端に憧れていたのか、意外とすんなり事は運んだ。 
彼女とは、一年ほど付き合って、それから別れた。別れ際の彼女の言葉は「わりと楽しかったよ、ありがと」だった。
 キスもセックスもしたけど、やっぱりこれは恋じゃなかったんだな、と思った。
また振り出しに戻ってしまった。せめて「無駄な時間だったわ」と罵られでもした方が、まだ諦めがついたのかもしれない。このまま誰のことも好きになれないまま、私の人生はゆるやかに終わりを迎えるんじゃないかな、と考えて、そんな穏やかな生活もいいかもしれないと思えた。思えたふりをした。
 本当は一人が怖くて、誰よりも寂しがり屋なのだ。誰かに甘えたくて、依存したくて、なにより恋を知りたい。知らないから、知りたい。それが私にとっての「普通」だから。誰がなんと言おうと、恋をするのが私にとっての「普通」。
 
 大学に入って、一人の女の子――もう、女性、と呼んだほうがいいのかもしれない、と出会った。初めて出会った時、片目だけが濃い紫色をしたオッドアイの彼女を綺麗だと思った。
彼女は「時音」と名乗って、自分は見ただけで真と偽がわかる、奇妙な能力があるんだ、と笑った。
 初めて彼女に話しかけられた時、自分の中でやっと何かが動き出して、胸の奥がとくん、と弾んだような気がする。もうあんまり覚えてはいないのだけど。とにかく、彼女は他の人とは違っていて、それが自分と重なるようで嬉しく思えた。
 彼女と仲良くなるにつれて、私の世界は段々と変化していき、毎日が充実して感じられた。この日常がずっと続けばいいのに、と思う反面、どこか彼女に期待している自分がいた。
 この子なら、私に恋を教えてくれるかもしれない。
 そう、願っていた。
 
 文芸部――名前だけで、活動を行っているわけじゃない、の部室で彼女が本を読みながら、つまらなそうにぽつりと呟く。
「私ってさ、推理小説とか嫌いなのよね」
 唐突に放たれた言葉に疑問を感じつつ、私は「どうして?」と無難な答えを返した。
「誰が犯人かすぐわかっちゃうから」
 最初に話していた、彼女の能力と言うものは本物らしくて、私がどんな嘘をついても、隠しごとをしていても、彼女には全てお見通しだった。それは軽い読心術のようで、隠しごとをズバズバと当てられた時は背筋が凍る思いだった。
「誰だって嫌でしょ、隠していることを見られるなんて」
彼女自身その能力の事をよく思っていないらしく、普段はそんなに多用することはない。右目を隠せば、能力の発動は防げるそうだ。
ただ、ふとしたきっかけに――例えば、小説の中で犯人が嘘を吐いたとき、その嘘がわかってしまうので、犯人がわかってしまう、ということがよくあって、その読み方が普通ではないと気づいたときから、推理小説やミステリは好きではないのだという。
必ずしも嘘つきが犯人とは限らないけれど、ミステリに嘘はつきものだ。彼女は誰かの嘘がとにかく嫌い。
 さらに能力があるせいで、自身の右目はこんな色をしているのだと、彼女が自嘲気味に話してくれたことがある。お酒に酔っていたせいか、いつもより激しい口調で言葉を続ける彼女に、私は「特別みたいで、羨ましい」と無意識に彼女を傷つける発言をしてしまった。
 あの発言は本当に私が悪かったと思う。特別なことが、全ていいことではない、むしろ自分を縛る枷になることもあるのに、どうしてあの時そういってしまったのか、と今でも後悔している。私には嘘を見抜く力はないから、あの発言を時音がどう思っているかわからない。
「もう気にしてないから」と彼女は言うけれど、その真偽を知ることは私にはできなくて、彼女の力がうらやましく思えた。
 前にも後にも、あの時程の喧嘩をしたことはない。
 私の発言の後、時音はじっと黙り込み、私も自らが犯した罪に気づき、そのままお互い何も話すことなく解散した。その日から1ヶ月は大学で会っても口をきかなかったし、お互いを避けていた。
 結局、仲直りのきっかけもささいなもので、あまり記憶にないのだけど、私から謝ったような気がする。このまま彼女を失うのが怖かったから。彼女は何事もなかったかのように「いいよ」とだけ答えて、それからはいつも通りだった。
 
 時音は、壊滅的に料理が苦手だ。それこそ、小学生が調理実習で作る料理の方がおいしい、と思えるくらいに。
 この前も、たまねぎの漬物を作ったなんて自信満々に私に食べさせて、その辛さといったら。生命の危機を感じる程だった。それから私は、自分を守るためにも彼女に料理を教えている。センスはいいようで、ちゃんと教えればそれなりのものを作れるのだけど、なぜか彼女は自分流のアレンジをしたがる。
砂糖を入れるはずが蜂蜜で代用しようとしたり、スパイスといってどこから手に入れたのか香辛料をいくつも振りかけてみたり、それらがあさっての方向にずれているせいで、食材同士が奇妙な化学反応を起こすのが問題。
そんな彼女に、「いっそ、私が毎日作ってあげようか?」と冗談で言ってみたことがある。
少しの間の後、「よろしくね、メリー」と笑顔で、彼女は心底嬉しそうにそう言って、その表情にときめいた私がいた。
慌てて「冗談よ」と、取り繕ったものの、たぶん私の顔は真っ赤になっていて、そもそも彼女は真実と嘘がわかるのだ、取り繕う意味なんてない。
時音は私と居るときは右目を隠そうとしなくなっていて、それは私がメリーを信頼している証拠、と彼女は恥ずかしそうに言っていた。
「メリーはどこかに行かないでね」
 そう言って目を細める彼女の表情は恐ろしいほどに蠱惑的で、半目の奥で紫の輝きが怪しく輝く。
メリーというあだ名は、私の名前「白音」から、羊を連想した彼女がつけてくれた。
その瞳を覗いたとき、彼女のことが好き、と自覚できるようになった。それはつまり私が「普通」の存在になれたと同時に、この想いを伝えたら彼女はどう思うだろうと不安を覚えた。
これまでとは違う、たった一人の「好きな人」。
彼女を失ってしまえば、いつまた「普通」になれるかわからない。でも普通でいるためには、「特別」な彼女との関係を壊さずに、この気持ちを続ける必要がある。
 彼女にこの想いが知れてしまったら、どうなるのだろう。また「楽しかったよ、ありがと」と、過去の出来事にされてしまうかもしれない。
 好きな気持ちを少しでも表に出せば、右目を隠していない彼女はすぐに気づいてしまうかもしれない。ならば私は。
「どこにもいかないよ、だって時音は私の大事な人だもん」
 私は恋を隠す。少しでも長く、この恋を続けるために。

この記事が参加している募集

少しだけでもあなたの時間を楽しいものにできたのであれば、幸いです。 ぜひ、応援お願いいたします。