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【怪談】響く音

 私は、とある商業施設で警備員をしています。そこは商業棟と駐車場棟が隣接して建てられており、警備員の詰めている防災センターは、商業棟の地下一階にあります。

 その防災センターにいると、たまに、ドンッというコンクリートを激しくたたく音が聞こえてきます。私もいまでは慣れてしまいましたが、初めて聞いたときはずいぶんと驚いたものでした。

 それは夜の八時過ぎのことでした。そのとき私は同僚二人と話していたのですが、突然響いたその音に、思わず口をつぐんで顔を見合わせました。防災センターの横の通路で、従業員が台車に積んだ荷物を倒したのでしょうか。そう思って通路を見ましたが、誰もいません。

 もしかしたら、音は上から聞こえてきたのではないだろうか。そこで防災センターに一人残し、二人で様子を見に行きました。

 外に出ると、商業棟と駐車場棟のあいだにある従業員通路を見まわしました。そこが地下の通路の上に位置するのです。すると、従業員通路の奥に、人影が横たわっていました。

 私たちはあわてて駆け寄りました。それは、小柄な中年の女性でした。目をつむり、一見すると眠っているようでした。しかし、その背中側からは、どろりとした血が広がっています。女性が頭から落ちてこなかったということが、私たちにとって唯一の救いでした。

 私はあせる心をなんとか抑え、救命講習で習ったことを必死に思い出します。

「もしもし! もしもし!」

 声をかけても、女性はぴくりとも動きません。女性の口元に耳を近づけます。耳に当たる息はなく、胸も動いていません。つぎに脈を測ります。力の抜けた女性の体はなんの弾力もなく、ぐにゃりとしていました。

「呼吸、脈、なし!」

 それを聞いた同僚が、AEDを取りに駆け出しました。

 同僚が戻ってくるあいだ、私は胸骨圧迫を行います。胸の中心、みぞおちの少し上に手を重ねて置き、体重をかけて何度も圧迫します。

 ほどなくして、救急要請を終えた同僚がAEDを手に戻ってきました。私が心臓マッサージを続け、同僚がAEDの準備をします。

「準備完了!」
「よし!」

 女性の服をめくり、胸にパッドを貼りつけます。電流が流れても、女性はまったく反応しません。

 二人で交互に心臓マッサージをしていると、救急車のサイレンが聞こえてきました。心臓マッサージを同僚に任せ、私は表の道路に出て救急隊員の誘導を行いました。

 対応を救急隊に引き継ぎ、状況を説明していると、続いて警察もやってきました。警察にも同じように状況説明を行います。

 二時間ほどして、事件性はないと判断した警察も引き上げていきました。それから清掃員に連絡し、べったりと残った血痕を洗ってもらいました。

 それが終わってから私たちは報告書を書き始めたのですが、通常業務もあり、すべてが終わったときには夜中になっていました。

 そもそも、この建物、というよりも駐車場棟は、以前から投身自殺が多発しており、その一回目はオープンして一週間もしないうちに起きています。

 当時の防犯カメラの記録を見てみると、商業棟のベンチに座っていた男性がふらりと立ち上がり、とぼとぼと駐車場棟に向かっていきます。男性は散歩をするように駐車場棟を歩いていたのですが、落下防止用の鉄柵をひょいと乗り越えると、向こうへと消えていきました。

 またあるときは、屋上から飛び降りた人もいました。カメラには、屋上から地面へ向けて、どんどんと小さくなる人影が映っていました。

 そんなことが続いたものですから、運営会社もさすがにこれはまずいと思ったのでしょう。私たちが対応した自殺のあと、追加工事が行われました。駐車場棟の開口部という開口部には、金網が取りつけられたのです。

 それ以来、自殺者は出なくなったのですが、いまだ音は続いているのです。

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