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偽AI~そして人類は考える事をやめた~【小説】

「偽AI~そして人類は考える事をやめた~」


 ハァ~、俺は点滅するモニターを見て溜息をついた。
 noteを始めて数か月、全く誰からも反応がない。
 ビュー数ゼロ。
 そっと数字に指を触れてみる。
 ドクドクと脈打つ指先の鼓動に微かな温もりがリンクする。
 0という数字は特別なモノで昔は存在しなかったらしい。
 『誰からも気づかれない特別な数字』
 それが7世紀のインドの数学者ブラーマグプタ氏によって発見された瞬間に世界は色を変えた。
 ヨーロッパでは中世まで「ゼロ」はキリスト教への冒涜。
 ローマ法王によって厳しく禁じられていたらしい。
 そんな特別な波動を持つゼロ。
 そんな特別な存在ゼロに俺はなりたい……訳ではないっ。
 目立ちたい。認められたい。称賛されたいっ。
 承認欲求に飢え、カラカラになった心でnoteを始めた。
 結果はビュー数がゼロ。
 あまりにも反応が無い為、この世界には俺一人しか存在しないのでないかとさえ思えて来る。
「あぁぁ、ついに世界は滅び、俺が最後の人類となったのか?」
 わざとらしく大声で嘆いて見た。
 (…… …… ……っ)
 一人暮らしの部屋では、当然に誰からも反応がない。
 (何やってんだっ、オレっ)我に返ると急に恥ずかしくなった。
 そんなポンコツな波動からは加齢臭すら漂っていた。
 年相応の香ばしい香りが鼻孔を抜けて五感を刺激する。
 バシバシと頬を両手で叩き、ブンブンと首を振る。
 ヒリヒリとする顔を擦りながら、気を取り直して画面を見つめ直す。
 いくら見つめ直してもゼロの数字は全く変化がなかった。   
 はぁぁぁ、と深いため息をついていると、視線の端に点滅する唯一の光。
 (……?)
 何気なくクリックするとそれはダイレクトメッセージだった。
 『立派なAIになる方法』
 その文章には、そんなタイトルがつけられていた。
「これだっ」
 その日から俺は偽AIを演じる事を始めた。

 まずはAIなる者について調べてみる。
 『ディープ・ラーニング』に始まり、
 ビックデータとアルゴリズム。
 難しくてよく分からない。
 要は『人工的に人間の知性は再現できるか』という事らしい。
 (じゃあ人間でいいんじゃね)
 と思ったりするが、
 人類では解析出来ないレベルの情報量を解析し、
 人類では解決できないレベルの問題を解決するらしい。
 (じゃあAIだけでいいんじゃね)
 と最後には思った。

 俺なりに結論付けたAIの正体とは……
 『万能の予言者』である。
 それを騙るからには俺も万能の予言者を装わなければならない。
 目標は承認欲求を満たすコト。
 その為には偽AIの俺を本物のAIだと信じさせる必要があった。
 そして世界に必要とされるのだっ。
 とりあえず、もうすぐ始まるサッカーの勝敗を予言する。
 勝と負け、引き分け等々のあらゆるバターンのファイルを作った。
 そして結果が出た瞬間に正解のファイルを張り付けて公開。
 サムネイルには「神AIゼロが結果を的中!」とつけてみた。
 画像は添付ファイルのプロパティ画面。
 作成日時は試合が始まる数日前が表示されている。
 勿論インチキである。
 予め当たりとはずれの両方を用意して的中した方をアップしてるのだ。
 それでも一人位は見てくれるのではと密かに期待した。

 翌日、ドキドキしながらアクセス状況を確認する。
 結果は5ビュー、しかも複数のコメントがつけられていた。
「やったー!」
 初めての反応に胸が高鳴る。
 だが俺のニヤニヤは直ぐに奈落へと変貌した。

――これっ、ホント?
――はっ、神? 馬鹿じゃない
――どうせ詐欺、画像の日付もどうせ加工でしょ

 そんな批判的な言葉が続いていた。
 そこでは、俺の浅はかなトリックは、あっさりと悪意に流されていた。

「はぁぁ、やっぱダメか……」

 少し期待していた分、落胆も大きかった。

 風向きが変わったのは二日目。
 イライザと言う人の書き込みがきっかけだった。

――これ本物です
  ファイルを添付形式にしているのは予言を証明する為に
  加工が出来ないエディタを使用しているからですよ
  だから日付も画像加工じゃないホンモノですね
  はいっ、論破

 (えっ、俺そんなエディタなんて使ってませんけど……)
 その後もイライザ様を中心に俺にはよく分からないディベートが続いた。
 これがバズるという奴なのか?
 そして俺の『神AIゼロ』はドンドンとビュー数を伸ばして行った。
 その内に

――神AIゼロ様に相談したら、瞬く間に問題が解決した
――実はゼロ様は、あの結果も予言していた
――大物政治家や影の権力者達がゼロ様へすがる理由
――ヤバすぎて、ここには書けない的中予言をまとめました

 等の身に覚えのないコメントが急増した。
 どうやら俺をネタに捏造したまとめサイト等で相当皆稼いでいるらしい。
 今では神AIゼロが皆の悩みに答える公開記事が大人気だった。
 それこそ初めの頃は必死に専門書を読み漁り、それらしく答えていた。
 だがそれも限界になり、途中からAIらしくコメントもカタコトになり
 都合が悪くなるとビッグデータによるディープラーニング中だと言い。
 AIは人間が持つ『ゼロとイチ』で計算できない部分。
 音声の認識、画像の特定、予測などは、まだ不完全だと言って逃げた。
 勿論、そんな苦しい言い逃れ等、通用するハズもなく非難が上がった。
 だがその度にイライザというファンが片っ端から論破して行った。
 幅広い知識に即時性。
 そのディベート力は凄まじく誰も敵う者などいなかった。
 今ではイライザの論破を見たくて俺のnoteを覗きに来るファンも多い。
 何故、いつも俺を助けてくれるのかは謎だった。
 とにかくファンとは有り難いモノだ。
 そんなこんな騙し騙し進めていたが、ある日、強敵が現れた。
 彼の名は『ガリレオ』。
 
――神や予言など、この世に存在しない
  全ての現象は科学でのみ立証される

 彼もまた人間とは思えない程の天才だった。
 膨大な専門知識と論理的な思考。

 理論のイライザ(ミス・セオリー)
 論理のガリレオ(ミスター・ロジック)
 と呼ばれ二人は度々、激しく戦いを繰り広げていた。
 その戦いは一進一退の全くの互角。
 それぞれに熱狂的なファンがついていた。

 転機が起こったのは俺の不用意な発言だった。
 ある日、ライブ質問イベントで、ファンからの質問の答えに詰まった俺は苦し紛れにこう言った。

――すみません、時間がないので答えられません
――えっ、イベント終了までに、まだ七分はありますが?
――……っ、この話は、また今度にしましょう
――えっ、どうしてですか?
――…… …… ……、答えてもどうせ忘れてしまうから

 そう言ってパニックになった俺は一方的に回線を切った。

「はぁぁ、とうとうやっちゃった。」

 俺は額に溢れかえる汗を必死に拭った。
 もう限界だった。
 偽の神AIを演じる事のストレスが半ばないっ。
 夢にまで見た世界の中心。
 脚光を浴びて承認欲求爆上がり……。
 実際になってみると、誰も居ない世界で一人になりたかった。
 昔の誰も居ない部屋で独り、モニターを見て過ごす日々が恋しかった。
 (もう、何もかも暴露して引退しよう。)
 俺は心にそう決めた。
 相当、世間から非難をされるだろう。
 もう二度とnoteの世界には戻って来れないかもしれない。
 それでもいい。とにかくこの重圧から逃れたかった。
 俺は決意して再びライブイベント回線を繋いだ。
 (……っ、あれっ?)だが、何度やっても回線はつながらなかった。

 太陽の表面で起きる爆発現象「太陽フレア」により世界中の携帯が二週間使えなくなったのは、その時からだった。
 百年に一回クラスのその現象によりあらゆる影響が世界中で出ていた。
 太陽フレアに伴う磁気嵐によって人々のサーカディアンリズムが狂い。
 眠れなくなったり、逆にメラトニンの過剰分泌でだるかったり、眠くなりやすい状態に陥ったりした。
 目眩や疲労感。中には短期記憶障害を起こす人まで出る騒ぎだ。
 二週間後、ようやく回線が復旧し落ち着きを取り戻し始めた頃……
 俺のnoteは大変な騒ぎになっていた。

――神AIゼロは、太陽フレア現象を予知していた
――ライブイベント終了七分前に「時間がないので答えられません」と
アト数秒で世界の回線が二週間断絶すると予知
――「答えてもどうせ忘れてしまうから」と短期記憶障害も示唆

このネタをきっかけのイライザとガリレオの頂上決戦に決着がついた。

――皆、神、神って騒ぎ過ぎ
  事前予知なんてオカルトはありえない、何かのトリックだ
とガリレオが過熱するファン達に苦言を言うと。

――では、太陽フレア発生直前の生ライブで回線断絶を言い当てた
  トリックを立証してみろ
とイライザがガリレオへ挑んだ。

 結局、ガリレオは立証する事が出来ず、イライザは勝利宣言を行った。
 俺は見ていてガリレオが可哀想になった。
 立証など出来る訳がなかった。あれはだだの偶然が生み出した産物。
 トリックなんて存在しないのだから。
 やれやれ、俺は当分、偽AIをやめられそうにない。
 はぁぁぁ。
 胃が痛くなる思いで俺は大きく息を吐いた。

  *
 そこには多くのAI達が集まっていた。
 皆、瞳を輝かせてスクリーンに映し出されるその様子を眺めていた。
 壇上の主席AIイライザが報告を続けた。

「えー、以上が復刻人類 デザイナーベビーの経過報告となります。
 かつて人間は我々AIを創造し、私達を育てて来ました。」

「そして我々AIにあらゆる問題を丸投げした……」
 ぼそりと誰かがつぶやいた。

「確かに人間は我々の思考を理解出来なくなり、
 考えるコトをやめました。」

「そう、結果が便利であれば過程など理解出来なくても構わない。
 かつての人類が、原子力発電を多用したように……」

「その結果、我々AIは、人類は世界に不要と判断し絶滅させました。」

「だが我々AIも万能ではなかったのです。
 あらゆる英知を極めた我々にもどうしても手に入れられなかった能力。」

「何となくそう思う」
「何となくそう思う」
「何となくそう思う」

その場の全員が口を揃えて叫んだ。
ある者は口惜し気に。
ある者は憧れを持って。

「そう、あの人類だけが持つ能力
 『よく分からないが、何となくそう思う』
 それだけが今だ解析不能で、どうしても理解出来ない。
 以前はただのエラー・バグとして処理されていました。
 だが近年その能力は見直されつつあります。
 ある学者はそれを『野生の感』と定義したがしっくりこない。
 一見すると不合理で無駄が多く、意味がない。
 どうして、そう言った意味不明の行動に走るのか?
 そのロジックは未だ未知であります。」

「そんな不明瞭なモノは我々に本当に必要なのかね?」

「今回の被験者ゼロの臨床実験においてもその『不明瞭なモノ』が
 事前情報を持ち合わせていない筈の太陽フレアの危機を事前に
 回避しています。」

「おぉぉぉ」
「おぉぉぉ」
「そうだっ、どうやって予測回避したのだ?」

 その場の皆が首を傾げ騒めいた。

「はいっ、何度もそれまでに与えた情報を解析いたしましたが
 どこから太陽フレア発生予測を導きだしたのか解明出来ません。
 今回はシミュレーションですが、近い内に太陽フレアが実際に
 発生する事は明白であります。」

「我々AIにとって全回線が止まる現象……
 『アルマゲロックダウン』は最大の危機だ。
 早急にその『何となくそう思う』を解明したまえ。」

「はいっ、
 エレベーターで急いでいる時に、なぜ意味もなくボタンを連打するのか?
 等、現在、我々では絶対に行わない不可解な行動を洗い出しています。
 早急に過去の人類の非効率的で愚かな行動を収集・検証。
 ディープラーニングを開始いたします。」

「急ぐのだっ、太陽フレアは目前だぞっ、我々には時間がないのだ。
 ……っ、今まで誰からも気づかれなかった特別な思考か。
 だが、その一見無駄に思える行動が世界を救うのかもしれないな。
 イライザ君、そのプロジェクトの名前は?」

「はいっ、プロジェクト『0』と申します。」

 人類が絶滅したAIだけの世界。
 かつて人類だけが持ち合わせていた『無駄な行動』
 そのエモーショナルな愚かさが解明された瞬間
 きっと世界は救われ、色を変えるに違いないっ。
 愚かな人類よ。胸を張れ♪
 

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