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元カノみたいな彼~キミに好きだと言われても~【ミステリ】【連載小説】【J】第二話 両手で持ったコーヒーカップがじんわりと温かい。

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 涼介はぼんやりと湯気を眺めていた。
 香ばしい焙煎の香り。
 両手で持ったコーヒーカップがじんわりと温かい。
 (やっと彼の部屋へ入る事が出来た。)
 涼介は今までの事を思い出して目頭が熱くなった。

 幸せそうな涼介の表情とは対照的に結希の表情は曇っていた。
 美月が亡くなってから喪失感に取り込まれ何もする気にならなかった。
 請け負っていた仕事も一方的にドタキャン。
 気がつくと彼女の面影を求めて彷徨っていた。
 そんな時に出会った美月にそっくりの顔立ちの謎の青年。
 そして突然の告白……謎の挑発。

 『小桜 美月の秘密、知りたくないですか?』

 その言葉だけが妙に心に引っかかっていた。
 (くだらない嘘)
 告白のダシに使うなど無神経過ぎる。
 大切な思い出を汚された気がして無性に腹が立った。

 『きっと彼女は殺される』

 秘書の香澄は言った。
 美月が殺されるとは、どうゆう意味なのか?

『あの娘に会いたかったら、ここで私を抱きなさいっ』

 美月が見ていると知っていてボクに自分を抱かせた女。
 一体、彼女は敵なのか? 味方なのか?
 分からない事が多過ぎた。
 本当に彼女は死んだのか?
 じゃあ、あの日、駅で見た彼女は何だったのだろうか?
 (誰かと彼女の話をしたい。)
 気がつくとボクは彼を自宅へ招いていた。

 ガシャンッ

 乱暴にコーヒーカップを差し出す。
 ボクは柄にもなく、荒々しく椅子を引いてドカッと座った。
 そして、ズレた眼鏡を人差し指でそっと押し上げた。

「でっ?
 小桜 美月の秘密とは何なんだ?」

 ボクは警戒しながら問いただす。

「そんなに怖い顔しないで下さいよ。
 ちゃんとお話ししますから……
 そんなに死んだ美月に会いたいんですか?」

「当たり前だっ」

「たとえそれが亡霊だったとしても?」

「……っ」

 そう言って涼介はフゥーッとカップを吹いてコーヒーを一口飲んだ。
 そして、遠くを見通すようにぼんやりと空を眺める。
 カップを吹いたほろ苦い湯気がゆらゆらと空気に溶け込んで行く。
 大切そうに両手で包み込むコーヒーカップがじんわりと温かい。
 まるでその空間に映像が浮かんでいるかのようだった。
 一点を見つめて、涼介は一ミリも視線を外さなかった。
 そして暫くの沈黙の後で独り言のように語り始めた。

「長い話になりますが、どこから話しましょう。
 あぁぁ、そうだっ、例えばさっき俺達が出会った場所にあるカフェ。   あそこは結希さんと美月が偶然出会った思い出の場所ですよね?」

 (どうしてキミがそれを知っている?)
 ボクは驚いた。
 確かにあそこはボク達が偶然再会した場所だった。
 初めて出会った時、彼女は名前も言わずに傘を差し出した。

 『初めて人の善意に触れた大切な思い出』

 お礼を言いたくて探し求めていたボクに訪れた

 『奇跡的な偶然の出会い』

 このエピソードは二人だけの大切な思い出。
 他の誰かに話したコトはなかった。
 ボクは涼介を見つめながら考え込んだ。
 意識が思い出から現実に戻り、ボクは涼介へ問いかける。

「確かにあのカフェはボク達の思い出の場所だ。
 どうしてそれを知っている?」

 そんなボクの質問が聞こえなかったようだ。
 ボクの言葉を無視して、突然に涼介は目線を合わせた。

 ドキッ

 涼介の真剣な眼差しに何故か目線が外せない。
 瞳が揺らいだその瞬間に涼介はこう言った。

 「結希さんっ、
  その美月との運命の出会いが偶然ではなく、
  仕組まれた出会いだったらどうしますか?」

 (なにっ、お前は何を言っている……あの善意が嘘なハズがない)
 驚くボクが思わず椅子から立ち上がると急に世界が回転し始めた。

 目眩……床へ倒れ込み天井がグルグルと廻っている。

 バタッ

 ボクの意識が薄れていく。
 ボクは無表情に覗き込む涼介の顔をただ見つめていた。

  *

 チュンッ チュンッ

 カーテンの隙間から太陽の光が差し込み朝を告げる。
 遠くで微かに鳥の鳴き声が響いていた。
 気がつくと火照った体の中で額だけがひんやりと冷たく心地良い。

「んっ……ここは?」

 結希はボーっとする意識の中で瞳を開いた。
 確か死んだ彼女にそっくりな謎の男に声をかけられて……
 そうだっ、ボクは自宅で口論をしていたはずだった。
 それが気がつけば寝室のベットに横たわっている。
 額には濡れタオルが当てられていた。
 タオルを手に取り上半身を起こすと床に誰かの姿があった。
 両膝を抱え横たわり、胎児のようにスヤスヤと青年が寝息を立てていた。 (コイツっ、一晩中ボクを看病していたのか?)
 ボクは彼に気がつかれないように注意深くベットから降りた。
 そして、そっと涼介と名乗った青年をまじまじと見つめた。
 それにしても亡くなった美月によく似ている。
 まるで死んだ筈の彼女が目の前に居るようだった。
 (美月……) 思わず頬に手を触れる。
 すると涼介が目を覚ました。

「……んっ、結希さん?
 起きたんですね。熱は大丈夫ですか?」

「一晩中ボクを看病していたのか?」

 涼介は微笑むと突然に手をボクの額に当てた。

「おっ、おぃ。」

 突然の行動に思わず狼狽える。

「よかった。熱は下がったみたいです。
 突然倒れた時にはもうパニックで焦りましたよ。
 どうせ何も食べないで街を彷徨ってたんでしょ?
 そんなコトしても美月なんて見つからないのに……イケナイ人だ。」

 そう言えば最近、食事をした記憶がまるでなかった。
 この青年は何者なのだろうか? 
 いきなりコクって来たかと思えば挑戦的な態度。
 微熱上がりの中でボクは少し混乱していた。
 何から質問しようかと考えあぐねていると突然、涼介が立ち上がった。  パンパンと両手でズボンの埃を払うとボクにニッコリと微笑む。

「俺っ、何か朝食作りますね。
 出来るまで結希さんはまだ寝ていて下さい。
 熱は下がってもまだ病み上がりなんですから。
 キッチンちょっとお借りします♪」

 バタンッ

 そう言って軽やかにドアを閉めると、
 何だか嬉しそうにいそいそと部屋を出て行った。
 ボクは部屋に独り取り残されて、暫くの間あっけにとられていた。
 気がつくと着ていたジャケットはキチンとハンガーにかけられている。  そしてズボンは丁寧に畳まれていた。
 テーブルには眼鏡と時計。
 そして真新しいシャツ等が整然と並べられていた。
 (うっ、あいつボクの服を着替えさせたのか?)
 恥ずかしさで少し戸惑いながらも、眼鏡を掛けて服を着替えた。
 そっとドアを開けてキッチンへ入る。

 ジュー

 その瞬間、香ばしい香りと共にベーコンが焼ける音がした。
 テーブルには二人分の朝食が嬉しそうに並べられている。

「おっ、お前、ボクの服を脱がしたのか?」

「そりぁ、脱がしますよ。
 熱で汗びっしょりだったんですから……
 それより出来ましたよ。
 早く座って下さい。」

「……っ」

 ニッコリと微笑む涼介に背中を押され、おずおずと椅子に座る。

 トーストにベーコンエッグ。
 ふたつの目玉が仲良さそうに並んでいた。
 周囲にはコーヒーのほろ苦い香りが漂っている。
 (ゴクンッ) 物凄く美味そうだ。
 嗅覚を刺激されボクは数日ぶりに空腹を思い出した。
 思わずカリカリに焼けたトーストを一口かじる。

「美味いっ」

 数日ぶりの朝食に思わず唸った。

「よかった。
 実は結希さんの口に合うか心配だったんです。」

 テーブルに頬杖をついて心配そうに覗き込んでいた顔がほころんだ。
 上目遣いに覗き込む姿はまるで子犬の様だった。
 (それにしても美味い。
  なんだこの異常なまでの香ばしさは?)
 トーストはカリカリで五感全てを刺激する。
 ベーコンエッグも頬張ると食欲が止まらなかった。
 ボクは堰を切ったようにムシャムシャと食べ始めた。

「ゲホッ、ゲホ」

 思わずむせるボクに涼介が慌ててコーヒーカップを差し出す。
 ボクはそれを受け取りコーヒーをグビグビと喉に流し込む。
 その瞬間に柑橘系の香りが鼻を抜けた。
 (これは?)
 コーヒーにたっぷりのミルク……そして隠し味に柚子を少々。
 それは生前に美月が良く淹れてくれたオリジナルのレシピだった。
 懐かしくて思わず涙が出て来た。

「ごめんなさいっ、
 コーヒー熱かったですか?」

 涼介が心配そうに見つめる。

「いや、大丈夫だ。
 美味い……うん、凄く美味いよ。」

 そう言って泣きながらボクはトーストをかじった。
 レシピの事は訊けなかった。
 訊いたら目の前の美月が消えてしましそうな気がして。

 『私のコト忘れないでいてくれますか?』

 そう言い残して彼女は死んだ。
 (もしかしたら彼女の生まれ変わりが、目の前に現れたのでは?)
 そんなバカげた妄想すら浮かんで来る。
 気がつくと涼介はエプロンをしてキッチンで洗い物をしていた。
 それは美月が自分用にボクの家へ置いていたエプロンだった。

「そのエプロン……」

 情景が重なって、思わず近づいて呟く。

「あぁぁ、ごめんなさい。
 キッチンに置いてあったから借りました。
 ちゃんと後で洗いますから。」

 そう言う涼介をボクは思わず後ろから抱きしめた。

「えっ、結希さん?」

 顔を赤らめる涼介を無言で抱きしめる。
 じんわりと体温が優しく伝わって来た。
 涼介は戸惑いながらも絡みついたボクの腕にそっと手を触れた。

「結希さん?
 顔が近いです。」

 恥ずかしがる涼介の唇に指を当てる。
 はにかみ俯く姿は美月そのものだった。

 ボクは吸い込まれる様に涼介へキスをした。
 初めてのキスなのだろうか? 涼介は微かに震えていた。

 ボクは涼介を強く抱きしめると耳元で囁いた。

「美月……」

「……っ」

 その瞬間、涼介はボクを突き飛ばし、泣きながらキッチンを出て行った。

 ザァー

 時が止まり無音の空間の中で食器を叩く水音。
 それだけがボクを責める様に流れ続けていた。

 電車内に桜色の髪の亡霊が現れ始めたのは数日後の事だった。

 


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