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かぐや姫は地球に行きたい 2-4

 すっかり大きくなった竹子は、おばあさんはもちろん、おじいさんにとって宝のような存在となり、おじいさんは竹子と片時も離れたくはなかった。そのため、竹とりの仕事にもちょくちょく竹子を連れて行っていた。

「ほら、竹子。今日も光ってるじゃろ? お前はここの竹から出てきたんじゃよ」

 おじいさんは竹子が生まれた竹林(人の土地)で、今日も今日とて光っている竹を切り倒そうとナタを取り出す。

「この付近の竹は、常ならぬものを生み出すということでしょうか?」
「ある時は竹子。ある時は着物。またある時は……ほ〜ら出てきた」

 尋ねる竹子に、おじいさんが満面の笑みで向ける竹の切り口には、金がみっちりと詰まっている。

「で、これを毎度いただいてくると?」

 ほうっと、一つ息を漏らした竹子の問いに、おじいさんは竹を籠に入るほどに切り分けながら頷く。

「もちろん。竹をとるのはわしの仕事。竹の中に何が入ってようが、それごととるまでじゃよ」
「……ここが人様の土地であっても?」

 竹子がじっとりとした目線を向ければ、おじいさんは動かす手を止めた。おじいさんの言う「とる」は、紛うことなき「盗る」であることを今日も実感した竹子は、また一つ大きく息を吐いた。

「また母上に叱られますよ」
「ちゃんと地域の貧しい皆さんにもお裾分けしとるんだし、構わんじゃろ。根こそぎとってはないしのう」

 ちっとも悪びれず、作業を再開するおじいさんにそう言われ「まあ、捕まらなきゃいいか」と思ってしまう竹子は、血の繋がりがなくとも、おじいさんの子である。

「こらっ! 泥棒!」

 遠くから叫ぶ声が聞こえ、おじいさんは舌打ちをしつつも不敵な笑みを浮かべる。

「竹子、逃げるぞ! 所有者のお出ましだ!」
「はいっ!」

 斜面をものともせず竹林を駆け下りていくおじいさんの後ろを、竹子は懸命に追う。走りながらどうにも抑えられなくなる高揚感と笑みに、竹子は自分で呆れていた。この根っからの盗人の父親とは、血は繋がってないはずなのに、どうしたものかと半笑いで走っていたその時だった。

「姫様っ!?」

 追いかけてきた土地の所有者にそう叫ばれ、竹子は自分でも分からぬうちに足を止め、振り返っていた。

「やっぱり! 姫様ですよね!?」

 近づいてきた土地の所有者の男は、目を大きく見開き竹子に向かって手を伸ばす。恐怖か戦慄か、はたまた、全く種類の違う感情か、竹子は雷に打たれたかのように、体が固まってしまった。

「竹子、何しとる!」

 そんなおじいさんの声と共に、ぐいっと引かれる竹子の腕。あっという間に視界は、おじいさんが投げた煙玉で真っ白になる。おじいさんはその筋張った細い腕には見合わないほどの力強さで、尚も竹子を促し続け、いつの間にか家に着いていた。

「まあ、どうしたの。顔色が悪い。薬を煎じましょう」

 出迎えたおばあさんは心配そうに竹子を介抱しながら、おじいさんを睨みつける。

「一体何をさらしてくれたんです?」
「わしはただ、竹子の逃走技術を鍛えようと……」
「そんなこと教えてどうするつもりです」

 おばあさんは半ギレで薬湯の準備をする。一つは竹子のためのもの、もう一つは、おじいさんに飲ませるためのもの。

「そりゃもちろん、わしの跡を継いでもらうんじゃよ」
「どこの親が、大事な娘に盗賊なんて継がせるんですか」
「じゃ、ばあさんの跡を継いでもらうか?」

 軽く返したおじいさんの言葉に、おばあさんは僅かばかりの動揺を見せたが、すぐになんでもないかのように竹子とおじいさんに薬湯を渡す。

「母上の跡と言いますと……?」

 一口飲んでそう尋ねた竹子の声は、おじいさんの盛大に薬湯を吹き出す音にかき消された。

「にっが! 苦っ! 毒ほど苦いぞこれ! って毒だな! 盛りよったな、ばあさんっ!」

 茶碗を捨て割り、おばあさんに向かって叫ぶおじいさんに、おばあさんは不敵に笑う。

「当然の報い。ちゃんとそこ掃除してくださいね。欠片を竹子が踏んだらケガしますから」
「そんな足の裏が柔らかい娘に、わしは育てちゃおらんわ!」

 あっという間に言い合いがアクロバティックケンカに発展する両親の横、竹子は「母上、私は欠片を踏みに行くほど幼くありません。父上、あなたの返し文句はどこかおかしい」と、懸命に口を挟むが全く聞かれない。こうなった2人は自分には止められないと竹子が天を仰いだ、その時だった。

「姫様、探しましたよ!」

 汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにした竹林所有者の男の声がその場に響き渡る。

「まさかこんな卑しい者々と暮らされていたとは。姫様の受け取りに失敗した挙句、行方を追えないなど、この首がいくつあっても足りぬ事態でした。尤も、首を差し出せる体じゃありませんが、これでようやく報告が――」

 顔を拭いながらベラベラと話していた男が、急に言葉を止め、顔を引きつらせたのは、竹子の奥で胸ぐらをつかみ合い、鬼の形相をしている老夫婦と目が合ったからか。

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