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かぐや姫は地球に行きたい 2-1

 むかしむかし、あるところに、竹細工職人のおじいさんと、その妻であるおばあさんが住んでいた。おじいさんは山へ竹を取りに、おばあさんは川へ洗濯に。

 おじいさんがその日、狙いをつけていた竹林へ向かうと、一本の竹が神々しく光っていた。日頃、竹を使ってランプシェードを作っていたおじいさんは、最初から光る竹なら好都合と、その竹を切り倒したその時。

「こらっ、泥棒!」

 遠くから怒鳴る声と足音が聞こえ、おじいさんは軽く舌打ちする。

「所有者のお出ましか」

 低く呟いたおじいさんは、その竹の特に光の強かった節三つ分程を切り取ると、肩に担いで走り出した。木々の生い茂る中を右へ左へ走り回り、やけにしつこく追ってくる所有者をなんとか撒く。
 帰路につきながら、「あれほど追いかけるとは、これはただの竹じゃない」とニヤリと笑うおじいさんは、ある一つの期待を胸に秘めていた。


 「ばあさん、ばあさんや」

 おじいさんは、家の近くの川で洗濯しているおばあさんを、描いた絵を一刻も早く見せたい子どものような声で呼ぶ。太く青々とした3尺程の竹材を満面の笑みで抱えるおじいさんを、おばあさんはじろりと睨みつける。

「また人様のとこから何か盗ってきたんですか。元あったとこに返してきなさい」

 ビシリと指さしたおばあさんは、子どもを叱る母親のような物言いですごむものの、おじいさんは反抗期の子どものような顔で食い下がる。

「今回こそは、アレかもしれんのや。返すのは確かめてからでよかろうもん」
「そう言って、何から何まで拾い集めて、盗ってきて、まだ気が済まないんですか。第一、となり村の桃太郎くんは、川を流れて来たって話ですよ。戯言を言う暇があるなら、洗濯手伝ったらどうです?」

 水気を絞っていた洗濯物を、べシッと大きな音を立てて桶に移すおばあさんは、明らかに怒っている。それでも、そのくらいで引き下がるおじいさんではない。

「今回こそは、これこそは、中にわしらの赤子が入ってる気がするんじゃよ〜!」

 そう叫んだおじいさんは、竹を抱えて川にザブザブと入っていく。そして、おばあさんの上流にスタンバイ。竹の端を両手でしっかりと持ちつつ、川の流れに竹を任せ、大きな声で朗読を始める。

「むかーしむかし、おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から光る竹が、どんぶらこ〜どんぶらこ〜と流れて来ました。さ、おばあさんの選択は? この竹を見送る? 拾う?」

 嬉々としておばあさんを見つめるおじいさんだったが、おばあさんはチラリと顔を上げることもしない。

「そのまま、その竹と流れていくあなたを見送るのが、私の選択です。そんなことより、土が巻き上がるのでもっと静かに歩いていってくださいね」

 おばあさんに冷たくあしらわれ、流れる水の冷たさが急に、心の臓にまで染み入ったおじいさんは、いそいそと川から出る。だが、そこでめげるおじいさんではない。

「竹を拾ったおばあさんは、おじいさんに見せました。『おやまあ、これは立派な竹じゃ。中に赤子でも入っておるかもしれん。早速割って見てみよう』」

 勝手に話を進め、自分で竹を受け取った動きをして、心を込めて自分のセリフを言うおじいさん。こうなったらもう、何をどう言っても止まるわけがない。薄々気づいてはいたが、気づかないフリをしていたおばあさんは、ここでようやく諦めがついた。
 どうせ今回も空振りなのだろうし、1度最後まで付き合えば、このおじいさん劇場も幕を下ろすだろう。そう考えたおばあさんは、洗濯の手を止め、膝で頬杖をつきながら、おじいさんの相手をする。

「赤子がいるかもしれないって言うのに、真っ二つに割るんですか?」

 腰にぶら下げた竹割りナタを取るおじいさんにそう言えば、素に戻った声で、答えが返ってくる。

「となり村のあの夫婦に、桃の切り口を見せてもらったじゃろ? 真っ二つにスパァーンッじゃったやないか。大丈夫なんじゃよ。さ、ばあさんや、支えててくれ」

 おじいさんから竹を渡されたおばあさんは、頭上で大きくナタを振りかぶるおじいさんを目だけで見上げる。

「私に一瞬でも刃が触れたら、どうなるか承知の上でしょうね?」
「わしを誰だと思っとる。そんなヘマせんし、わしの刃が当たるばあさんじゃないじゃろ」

 軽く返すおじいさんに、おばあさんは竹をしっかり固定させるため、持ち直そうと軽く撫でる。その時だった。
 竹が強く光ったかと思えば、中からぶわりと白い煙が溢れ出る。あまりのことに目をむいたおばあさんが思わず手を離せば、竹は重さに従って倒れる。バシンと竹の倒れた音と共に、いっそう辺りに広がる白い煙で、2人の視界は塞がれた。

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