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むかしむかし、病気になった〜⑨百聞は実体験にしかず。

初めての入院。初めての手術。
病室の窓からは、観覧車が小さく見え、病気女子の設定なら妄想が滾りまくるシチュエーション。

「いつか、あの観覧車に一緒に乗ろう?」

残念ながらそんな約束をした人はいないし、残念ながら続きは妄想でさえ思いつかなかった。


こちらとしては大真面目なのですが、内容は下のことメインです。


なにもかもが目新しく、「こんなの初めて」の連続。
課金して個室を取ったものの、1泊目は大部屋だったので、できるだけ騒がないようにはしていたが、カーテンの中では静かに大はしゃぎ。
片っ端からアメニティや備品をチェックし(旅行気分)、窓から景色を眺め(旅行気分)、ベッドや枕を調整する(旅行気分)。
母のスマホには、カーテンで仕切られた病室で、変顔とひょうきんなポーズをキメる愚かな私が保存されている。

電動ベッドを使うのも初めてで、動いた時の衝撃は忘れられない。

「頭が上がります」

アナウンスと共に、じわじわと頭が高くなり感動。
寝るにも座るのにも楽って最高かよ。1日ベッドで過ごせるじゃねぇか(そういうもの)。

MAXまでベッドを立てたなら、次は下げるしかない。
待って。さっき「頭が上がります」って言ったよね?
ってことは、ってことは……?
対になった下矢印のボタンを押す。

「頭が下がります」

ですよねー!
と大爆笑。ベッドに尊敬された私は再び横たわる。
そんなことでバカ笑いしていた私は、術前のストレスで気が触れていたとしか思えない。その時の日記を見返すと、明らかにテンションがおかしい。
夕食のから揚げを「キタ━(゚∀゚)━!」まで手書きでつけて喜んでいるし、なんか……いろいろと……言い回しが痛い。この当時SNSをしていなくて本当に良かった。
これが術前のストレスによる情緒不安定でなければ、私はただのとち狂った阿呆である(その可能性は大いにあるが)。

んで、喜んで日記に書いた割に、もう覚えはない夕食を取った後、初めて浣腸された(「じゃあ浣腸しますね」と言われて、完全に「カンチョー」の方しか想像できなかった私の言語野はおよそ小学生男子)。

看護師さんに入れてもらったのだが、初めて赤の他人に向けて尻を出した。
そこに恥じらう暇もなく、それまでの人生で1番の痛みに襲われる。
入れられた直後から破裂しそうなくらい猛烈に催した。
が、その場でぶちまけるわけにはいかん。それだけは、何があっても絶対に。
恥ずかしいどころの騒ぎじゃなくなる。
肛門の括約筋に全ての力を集め、締め続ける。
痛い。生理痛より、日頃の下痢より、断然痛い。

「3分、できれば5分我慢して」

そう指示されましても、最中に出さなかっただけでもよしとしてほしい私は、しばし身をくねらせた後、早々にトイレに駆け込む。
だって、平常時でもトイレは3分と我慢できない体質なんだぜ?(むかしむかし、病気になった④を参照)

「終わったら呼んでね〜」

トイレに立てこもった私に、そう声をかけ去っていく看護師さん。
そう、去っていってしまわれたのだ。
遠くで扉が閉まった音がしたから間違いない。
今、私の近くには誰もいない。
いや、いたらいたで恥ずかしいのだが、大いに頭を悩ませる羽目になる。

「終わったら呼ぶ」って、何が終わったら?

流して呼ぶのか、流さずに見てもらうという話なのか。
呼び出しボタンを押していいのか、「すみませーん」って呼べばいいのか。

悩んだ挙句、おそるおそる呼び出しボタンを押す。まあ、見せるものじゃなかったらすぐ流せばよかろう。間違えていたらそれはそれは恥ずいけど、尻を見られた時点で、恥の上限はとっくに突破している。

この判断はどうやら合っていたらしい。
赤の他人に初めて便を見てもらった。看護師さん的には見慣れたものなんでしょうが、こちとら恥と抵抗が半端ない。
だが、看護師さんの恥と抵抗を微塵も感じさせない仕事ぶりは、私が変に躊躇う方が恥ずかしく思えてきて、こっちまで顔色変えずに淡々とできてしまう(内心ギャーギャーと大騒ぎしているが)。

ドラマや物語では絶対に描かれない、人に言うことすらない、小さなことから大きなことまで、日々いろんな過程に直面する患者と、何より看護師さん。
本当に「頭が下がります」。

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