ショートショート【文字虫】

 その星との定期連絡は途絶え、私達を乗せた宇宙船は進んでいた。
「我々が迂回しながら進んでいたためにすれ違いこそしませんでしたが、何やら塵かガスのようなものがあの星の方向から、地球の方へと向かっていった模様です」
「あの星からの脱出船の類ではないのか」
「いいえ、そこまで大きくはありません」
 未だ直接的な行き交いなどは無かったものの、幾度もの通信から、お互いの星はかなり環境や科学力など、近い位置にあることが分かっていた。さらにはお互いの星の言語に関しても、運よく基本的な構造が一致していたために翻訳もしやすかった。
 そして私達はその星へと辿り着いた。だが着陸し、すぐに異変に気づいた。そこはあまりにも荒廃しきり、星の住民どころか、その他何の生物の気配も無かったのである。そして至る所には、何らかの骨や肉の残骸、血や体液の跡があった。周囲を見れば崩れた建物ばかりであり、それは明らかに第三者から、何らかの攻撃を受けた証だった。
 私達は比較的大きな建物である、おそらくは研究所を見つけた。外観と同じく、やはり中に入ると酷い有様だった。
「おい、あれ!」
 奥に横たわる、この星の住民を見つけ、私達は駆け寄った。
「……だめだ、死んでる」
 その死体には全身に小さな穴が空いていた。銃で撃たれているのかと思ったが、その穴の様子はどうにも違った。
 死体をごろりと動かすと、その手には何やら数枚の紙が握られていた。必死に守るように握られたそれは、手書きの文章のようだった。
「読めるか?」
「読めますが、ただ、書き方が少し特殊ですね」
「特殊?」
「見てください。文章の至る所が空白になっていて、穴空きです」
「なにか特定の単語を隠しているということか?」
「いや、単語の一部だけ空いていたり、どちらかといえばランダムな印象を受けます。今のところ全く意味が」
 確かにその文章は奇妙だった。なぜこんな書き方をしているのか、いくら考えても分からない。
「では、可能な限り訳していきます。この星独自の固有名詞等については、それに似た地球の単語で置き換えていきます」


 こんなことに  なら、もっと早く  地球に救 信号を送っ おくべきだ た
 だか せめて、この星に何 起き しまったのか、こ して少しで 書き記 ておく。こ 文章がいつまで残 てくれ  か、果た  誰かに届 てくれるのか
 きっかけ 私の研究だ た。簡単に言  それは、化石など 含 れるDNA情報か 太古の 物を再生す とい テーマで、世界各 でも同 の 究が行 れ、 際に再 を遂げ 生 が次から へと現れて た
 人々の求め の やは 派手で大き 動物 再生である だが私達の 究所では主に小さ 生物を扱って り、そ 時私 が試みてい  は琥珀の内 の生物の再生で  。琥珀は  樹液が土 中で何万、 何億年と固ま てできたも である。
 そし 私 琥珀の中に見 れた一匹 小 な虫からDN を取り出し 再 を試み いた。 の琥 は推 一億 ほど前のも であり、 れは我 この星の 類が現 る以前の時代で る 
 D Aからの再 に関し は、既  る程度の一様な手順も決まり  ており、そ なりの時間こそかか ものの、こまで難し 作業で ない。
 そうし 無事に 生を遂 た さな虫は、形自体、今こ 時代に生き 虫たちとほと ど変わ  かった。 はさらに の生態を詳しく べるため、同  NAから複 の同じ を再生して く。少し手順 いじれば スとメスを作り換え こと 割と簡 に出来  こ で繁殖の様 も観 出来るの ある。
 ある程度 数を作 終えると、次に内 構造の観 に移  。消化器官や排せ 器 など、 れらはやは 一般 な虫た とさほど変わら い。だが奇妙な とに、 の虫には用途の分 らな 器 がいくつ あっ  それ らも様 な食物 与え などしな  、その器官が一体何 使われて  のかを調 たが一向に分か ない。
 そし ある時 不思 なこ が起こ ているの 気づい 。虫たち 分厚いガラ ケースの中 管理され  り、その中 エサや水の入 た皿を出し入 してい 状況であ 。エサ 量や種類、時 を計測 るため、 れらの皿にはマジ  ペンで文字 記載して た。だが目を離すと その文字がことごとく消え い のであ 。それに気づき、監視してい カメラ 映像で確 してみると、その はエサを食べるよ も先に、その文字に口を近づけ と、食べているようだ た
 初めは   インクが好物だ たのかと、皿に満た たイン をエサとして与え  た。だがそれに 見向きも ず、虫 はその皿に書 れた文字だけ 近寄 ていくの った
 私 ペンやイン 、顔料の種類を変え、適当な言葉を書い 紙を ラスケ スの中に入 てみた。すると虫た はそ 種類に関わらず 一目散に文字に口 近づけ、 っという間に文字 全て消し去ってし うのであ 。 して私は確信した。 の虫は文字を食べるのだと。
 私は の虫を「文字虫」と名付け 。


「一枚目の内容はざっとこのようなものです」
「文字を食う虫?それがどうしたというのだ」


  は文字虫 一匹ず 個別 管理 、文 を食うそ 様子をつぶさに観 してい ことにした 小さなメ 用紙に適当 言葉を書 て、 字虫の前 差し出 と 文字虫は  言葉に限らずみな一様に食べ 。メ 用紙を大量の単語 埋め尽 してみて 、文字 はその全 を平らげ 。
  して文字虫には恐ろ い性質 備わ  いることに、私はそ 時気づく とになる
 文字 に食べさせ 文字の量 増やす め、 は適当な本 何ペ ジか、与え ことに た。そし 文字虫はその広い紙の上を歩 回りなが 、所々を順 に食べて く。すぐにその文章は穴だら の文章と り、その後文字 が食べ進むにつれ、句読点すら消え失 、紙はま さら 白紙とな 。
 その時、一つのガ スケー から耳をつんざくほど 轟音が響い 。耳 押さ 、おそる そる振り向いてみると、 ラスケースは粉々とな 、周囲のガ スケ スもいくつか巻き込 れ、割れて る 
 私にはどういう  か全く分からな  た。文 虫は文字を食べ、ある一定 を越える こうして爆発するのだろ か。 
 そして割れ ガラス  スの中にいた文字虫のいくつかが、いなくなって ることにも気づ た。勿論逃げ出し しまった可能 もあ たが、私はその 能性を握り潰 、爆 によって死んで まったことに た


「その文字虫の爆破によって、この星は壊滅したということか?」
「いや、そこまではまだ」


 そ 後、観察実験を再開させ が、 れからいくら食べさ ても、文字 が爆破するこ は無か た。だがその一方で 文字 らには様々な変 が起こ 始めたのであ 。
 巨大な羽が生 、ガラ ケ スに身体 激し 打ちつけながら飛び回 個体、身体 半透明に っていく個体に尾部に火が灯る個 、 らにはどこで覚 たのか歌いだす個 までいた 
 そ て文字虫らに食べさせ ペ ジを確認し、よ やく理解する。ど やら文字虫は食べ切った文章 内容を自分の性質と て、反映させ らしか た。自由気ま にラ ダムに文字達を食べ進 、いつし 食べ終えたその文字達が文章を成した時 文字虫はその文章を手に入れ 。
 思 返せば、 の時爆発した文字 は、辞書の一ペ ジを食べて り、そこは丁度ダイナマイ の説明が書かれ いた。
 まさ こんな小さな が、ここま 危険極ま ない性質 有して るとは夢にも わなかった。 はガ スケースに入 たこの虫 を全 殺処分して まうこと 決めた。だが頭の片隅に 、あの時逃げ出し か しれない数匹の存 があった 
 そし それ ら数日後 付近の町で 不可思 なこ が起き始め 。
 不審火に 一軒家 謎の倒壊、水道 の破裂に電波異常な 、至る所で様々 不備が頻発し のである。それは普段では考えら ないほど 、異常 数だっ 。勿論その全て 文字虫の仕業で ないが、 の内のいくらかは文字 とみて間違いな だろう。文字 は摂取し 文章によ て、いくらで 凶暴にも、危険にもなりうる  
 さら 致命的 ことに、町に貼られ ポスタ や張り紙などか 、文字だけがすっか 消え失せ という事態まで起きて  。文字 は繁殖し、数を増 しながら、町 飲み込み始め いた 
 そうして人々 次第に気づ 始める ペットや自分 の肉を食らい、 に火を付け、森中の木々を切 倒し、水中を泳ぎ回りさえする虫 存在を。 の虫が文字を食らうことを 
 馬鹿 話だが、文 虫の存在がメディ や国に認知されはじ 、私はよ やくそこで実感したのだ。とんでもな ことが起こ てしまっているということ 。手遅 になる前に動かなく はならないというこ を。
 私 早急 資料やレポ トを作成し 国の中枢機関へ 飛んだ。責任を取 ことを回避す ため、文字虫を再生したのは私で るということ 隠して。突然現 た新種の虫を早い段階から研 したということにし 。
 文 虫の繁殖 力ははっき 言って異常なほ であり、すぐに国中で見つ り、どこ で絶大な飛行能 を手に入れた 字虫らは、国境や海を越 、着実 この星を包み込み始め 。書店や図書館は文字虫の大群 襲われ、我々人類は急い ありとあらゆ 書物や印刷 を焼却処分していっ 。さらには重火器を携え 軍隊が文 虫達に立ち向か たが、もはや焼け石 水だっ
 文字 らの中には、ネットワ クシス ムを組み込ん 個体まで現れ ようにな た。つまり 文字虫同士で相互 通信を行い 取り入 た情報を共有 、効率 に性質を爆増させて くので る。
 肉食の性質を有し、銃 火薬すら効 ぬ身体を手に入 、空や水 を凄まじい速度で動くよ になった文字 らは、いついかなる時も突然に現れ 我々人類はおろか、この星中の生 を捕食し始め 。
 地球 向け、救難信号を送ろうとい 案も出たらし が、それは弱り切ったこの星 状態を伝え だけで、最悪の場合、地球 に侵略され だろうと、その案は捨てられ 。
 しかしもう手遅 だ。今こ してこの文を書いてい 間も、文字虫らはあらゆ ものを食ら 尽くし続  いる
 私 この町に命からがら戻ってき 時点で、この町、そしてこの研究 は既 壊滅してい 。この を襲った文字虫らは次の獲物を求め どこかへと旅立 たたようだが、いつ私の気配 感じ取り 戻ってく のか。私は恐怖 震えなが この文章 書き連ねて る。
 最後に私の手に入れ 、最新の情報をここに記す。
 遂に文字虫らはネットワ クの世界に侵入す 性質すらを手に入れ らしい。つまりはネ トワーク上の膨大な文章が、やつ に食われて く いうことである。そし 国の抱えるネットワ クシス ムの中には勿論、地球の位置や環境の情報 ある。
 この星の全てを食らい尽くし 後、文字虫達は、きっとこの星を捨 去り、地球へと飛ぶだろ 。
 自分の星だけ 飽き足らず、他星 まで被害を及ぼ 結果を生んだ は、間違いな 、私の責任 。心から懺悔す 。


「……ふざけるな」
 私達は震えながらその紙を掴んだ。
 だとすれば先ほど確認した、地球に向かっているというあれは、



続いてはこちらを是非。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?