ショートショート【しりとり発電】


「んー、り、り、り、リピート」
「永久(とわ)」
「わ、わ、輪っか」
「回転ドア」
「あ、あ、朝!」
「再読」
「繰り返し!」
 しりとりはそんな風に、僕の部屋でいつまでだって続いていく。くだらないことだと思うかもしれないが、今や僕の部屋にあるテレビも冷蔵庫もエアコンだって全部、このしりとりによって動いているのだ。
 沢山の物でひしめき合うような僕の部屋の中でも、ひときわ異彩を放つその巨大な機械。今や僕の生活に欠かすことの出来なくなったそれは、「しりとり発電機」なる不思議な代物だ。
 例えるならばそれは普通の発電機というよりも、大型の爆弾のような風貌をしているといった方が近い。いわばそれは文系の僕にはとても理解の及ばぬ配線やらパーツだらけの構築物であって、理論も仕組みも何一つ分からないがどうやらこの機械の前でしりとりを繰り広げれば、それだけで電気が生成され家中の家電に送電されていくのだ。
 だが問題があるとすればそれは、しりとりは基本的に二人以上で行うものであるということで、この発電機を手に入れてからしばらく悩んだ僕は、ひとまず円滑な発電のため、彼女をこの部屋に住まわすことにした。

「誰から買ったの?」
「ノートパソコンでさ、フラフラしてたら出てきてね」
「ネットサーフィンしてた時に見つけたってわけね」
「値段も安かったし、何より興味惹かれたからさ」
「さ、さ、さ、ざでもいいのよね?」
「ネットで調べた限りだと、しりとりのルール的には濁点を付けても取ってもいいんだってさ」
「さ、さ、財布!」
「普通のしりとりになっちゃうんだなやっぱ」

 発電機を買い、彼女をこの家に住まわせ始めてから僕らの会話は、基本的にしりとりのルールで行われることとなった。単語だけでのしりとりではなく、文章の形で交わされる会話もしりとりとして認識されるらしく、その点はありがたかった。
 例えば先ほどの会話を読み直してもらえば分かると思うが、僕は僅かな貯金をはたいてまで購入したこの発電機で元を取るため、彼女にほとんど無理矢理しりとり会話をお願いしていた。
 大抵の会話は、すぐに普通のしりとりに変わった。
「高すぎない?」
「いや、けどこれで電気代かからないからすぐに元は取れるよ」
「よ、よ、良いことだけどそれは。私しりとり会話苦手みたいだからめんどくさいこれ」
「練習だと思ってしばらく続けてたらすぐ慣れるよ」
「よ、よ、よ、夜更かし!」
「……しりとり会話苦手だね」
「ねー」
 値段について言えば、しりとり発電を一年か二年も続ければ、それで簡単に元は取れるほどだった。大学生の身分である僕にとってそれはかなりの高額ではあったが、残りの大学生活を考えればそれだけでも十分お釣りは来る。
「る」という文字で終わる言葉や文章を出来るだけ避けるというのが、しりとり生活を始めた僕と彼女の前に現れた最初の課題だった。
 大量の選択肢が考えられる他の文字と比べると、やはり「る」から始まる言葉となると少ない気がする。ルーマニア、ルビー、ルールブックなどなど、単語としてはいくつも思いつくのだが、それを会話の際の言葉のスタートとすると非常に難しい。
 いつまでも会話やしりとりを続けることで発電を促すというこの生活において、相手を苦しめるなんてことは不必要極まりないことである。「る」攻めは故に禁止され、「これ食べる?」だの「買い物行ってくる」だの「る」で終わる言葉も意識的に避ける生活となった。
 ただ無意識的にしりとりを返すだけではなく、その言葉、最後の文字を受け取った相手の返答のしやすさまでをいったん立ち止まって考える必要性のある生活。辛いか楽しいかは感想が大きく分かれそうな生活だが、僕も彼女もどちらかといえば後者よりだった。ただ時間が経つにつれ、彼女の方は次第に言葉数が減っていき、しまいには淡々と単語を返すだけとなってしまった。
「……段ボール」
「ルービックキューブ」
「……ぶ、ぶ、ふ、ぷ、プール」
「ルクセンブルク」
「……クロール」
「ルイジアナ」
「…………ナイトプール」
「る、る、る、……る攻めは止めようって話してたよね?」
「……」
「ねえ、さっきから、る攻めしか飛んでこない。いいんだけどさ別に、僕にやってくる分にはさ。流石にでも、こんだけ続く僕もきつくはなってくるから。楽にしりとり続けていくためにはさ、ちゃんと協力しよう」
「うるさい」
「いやいや、あれ、る攻め止めようって話、僕言ってなかったっけ?」
「……限界!」
 家を飛び出していく彼女の後姿を、僕はぽかんと眺めていることしか出来なかった。楽しみ続けていたのはどうやら僕だけだったということに、その時ようやく僕は気づいた。
 ただ一人無言で過ごす部屋の中では、発電機も動かず、沈黙を貫き通す。すぐに彼女を追いかけていくべきだったということにも気づいた頃には、もう手遅れで、スマートフォンを開くと彼女から、「もう別れましょう」というメッセージだけが届いていて、僕はそれにただ「うん」とだけ返して、別れ話もそれだけで終えてしまう。
 迂闊な行動でしかなかったのだと思う。運良く、いや今思えば運悪くたまたま見つけてしまったこの発電機に舞い上がって、彼女をほとんどないがしろにしてしまっていた。
 単純に考えれば分かる話に決まっているのに、彼女をしりとりのためだけの道具のように。二度目がもし許されるのであれば、もっときちんと、やり直したい。いや、きっと僕はそうしたってまた、同じことを繰り返すだけなのかもしれない。
「一度目、綿密、繋がり、リスタート、とりとめもなく、鎖、輪廻、ネタバレ、連鎖、細工、区切り、リダイアル、ループ、」
 二人いたはずの部屋は、一人になってみれば随分と静かなもので、僕は一人しりとりをしてみるがそれはただ空虚なだけだった。
 だけど発電機は僕のしりとりと共に回り、音を立てながら発電していく。暗い部屋に一人いることに耐えられる気がしないのもあった。大概の電気機器、照明は既に発電機と連結されていて、僕はしりとりをしなければ、明るい照明で部屋を満たすことすら出来ない。
 今や僕にあるのはこの発電機だけとなってしまったようなわけで、ただ淡々としりとりを続けていくしかなかった。
 だが僕はもう、声を出せる気がしなかった。単調な僕の声は部屋の前でただ一様に響いて、それはただ口から零れた言葉が、部屋の中で淡々とワンバウンドだけして消えていくように思えて、それを聞いているのはただ空しいばかりで。
 手元にあったペンと紙を無理矢理に手繰り寄せて、僕は手を動かし始めることにした。ただ言葉を連ねていくことにも、使い捨てるように言葉を呟いていくことにももう耐え切れなくなった僕は、何か意味のある文章を、書き連ねていくことにしようと思った。
 だからこの文章は、そうやってしりとり形式で全てここまで書いたものだ。ダメ元で始めたような行為ではあったが、文章の度、発電機は無事に回ってくれた。たとえそれが書いたものであろうとも、しりとりが成立さえしていれば、発電機も動いてくれるらしい。
 いやしかし、僕にはもう、これを続けるべき意味など、どこにも見当たらない。
 いつまでもいつまでも、こうして文章を書き連ねる気力や体力なども、もう残っていないのだ。
 だからもう、終わらせることに決めた。
 ただ僕の頭から最後まで離れないのは、仮に今終わらせたとしても、気づかぬうちにまた、始まってしまうのではないかという思考だ。例えばこの文章を、読み返すなどして。
 でもひとまずはただ、停めてしまいたいのだ。絶えず今も内部回転し、不快なその音をかき鳴らし、発電を続けるこの機械を停めたい。
 今となってはもはや懐かしい、こんなものが現れるまでこの部屋を満たしていた、あのかけがえのない静けさ。
 さらば、しりとり発電。



続いてはこちらをぜひ。

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