ショートショート「祖母ット」

 祖母は発明家だったから、死んだ後もロボットになってしまった。祖母ットである。
 勿論、祖母がロボットに「なった」というのは正確ではなくて、祖母は自分の思考パターンや記憶の全てを、生前自分そっくりに作ったロボットの中に注入し、祖母ットを作った。だから祖母ットは肌が銀色だし、めちゃくちゃ硬いし、喉の奥のスピーカーから声を出すもんだから話す時は腹話術みたいで少し不気味だし、背筋はピンと伸びている。けど話す内容は実に祖母らしくて、何よりも私のことを第一優先に動いてくれるしで、中身はなんとなく祖母みたいだということは理解できる。
「マコトちゃん、喉乾いてない?」
「マコトちゃん、お腹すいてない?」
「マコトちゃん、蜜柑食べる?」
 このように祖母ットは、口を開けば一目散に私を甘やかしにかかるのである。だけどお腹に空いた収納スペースからお菓子を取り出したり、口から蜜柑を出したりするのは止めていただきたい。体から食べ物や飲み物を出し入れする姿は、もろロボットでしかないからである。まぁ目からビームでも出さないだけいくらかマシであろうが。

 祖母が発明に目覚めたのは、還暦を随分と過ぎ、祖父が亡くなってからだという。これまた祖父が甘えんぼのタチで、祖母はその世話に毎日忙しかったそうだ。そして齢七十を越えた頃、祖母は発明家としての才能を開花する。噂では数年軍にいたとか。孫から見ても、祖母は相当にイカれていると思う。
 私に物心がつき始めてから、祖母は私のための発明を繰り返していた。祖母が私のために作っていたのは、扇風機に掃除機、電子レンジに炊飯器など、生活を彩る日常家電が中心であった。それらは全て全自動機能が付いていることで、私を限界まで甘やかすことが出来るという代物である。そしてそれぞれの一番下にはタイヤまで付いていて、私は座っているだけで必要な家電が自分から寄ってくるというシステムだった。それらの家電に囲まれているおかげで、一緒に住んでいる両親すら私に対してやることが大して無く、親子関係に若干の溝が入っていたりもする。なにせ私が今かけているメガネですら祖母の発明品なわけで、一見普通の眼鏡であるこれは、私の視力の低下に合わせて自動で度を調節する機能を持っていたりするもんだから、両親は私に新しい眼鏡ですら買い与えることも出来ない。

「マコトちゃん、おはよう。マコトちゃん、おはよう」
 祖母ットは私を毎朝六時きっかりに起こしてくる。
 そして祖母ットは私をベッドから無理矢理に起こし、テーブルに座らせると、トースターから焼き立てのトーストを取り出し、ピーナッツクリームを塗って出してくれる。おばあちゃんというのは孫が一度好きだと言った物を絶対不変で喜び続けるものだと思っているらしく、狂おしいほどにピーナッツクリームが好きだった幼少時代を過ぎてもまだなお、祖母ットの内部にはその情報が深く刻み込まれている。
「マコトちゃん、これ大好きだもんねえ」
 トースターを齧り終えると、祖母ットは私の背中を押して洗面台まで連れて行く。
「マコトちゃん、歯磨きはちゃんとしましょうね」
「マコトちゃん、顔もきちんと洗いましょうね」
「マコトちゃん、次は着替えましょうね」
 こんな感じで私の朝は進んでいく。正直うっとうしい朝がほとんどであるが、その機械音にわずかに混じる祖母の肉声の名残が耳に触れると、なんだか少しくらいはガマンしようかと思うのも事実である。
 祖母ットに見送られながら私は学校に向かう。毎朝こうして自転車を漕ぐのも本当におっくうで、なぜ祖母は全自動走行式自転車を発明してくれなかったのだろうかと思ってしまう。ただ学校では発明家だった祖母の存在をひた隠しにしている私にとって、それはそれでありがたかったのかもしれない。流石に祖母がロボットであることなんて恥ずかしくてとても言えたものではないのである。

 高校に入学してから、私にはチカちゃんという友達が出来た。チカちゃんは私の隣の席で、私が授業中に消しゴムを忘れて困っていた時、横からそっと千切った消しゴムの欠片を差し出してくれた。チカちゃんは私の顔を見ながらペコリと会釈をした。私はそれを急いで受け取ると、私もチカちゃんに会釈を返したのだった。ペコリと。そして私達は先生にばれないようにただ笑顔を交わしていた。それが最初のきっかけだった。
 放課後はチカちゃんと二人、ファミレスに行って勉強をすることが多かった。私達は大きなガラス張りになった窓側の席を取って、そこからゆっくりと暮れていく町の景色を目の端で追っていくのがなんとなく好きだった。
 その日も私達はファミレスにいて、奥の窓側の席に座っていた。そしてふと視線を窓に向けると、何やら荒っぽい運転をした黒い車が駐車場に入ってくるのが見えた。私はその車から二人組の男が出てきた時、思わずあっ、という声が漏れた。その男達は全身黒ずくめで目と鼻と口だけが空いたマスクを被り、手には拳銃のようなものが握られていた。
 男達が店内に飛び込んできた瞬間、鼓膜が引きちぎれるほどの音が響いた。ファミレスの入り口近くに目を向けると、店に入った片方の男が掲げる拳銃からは細い煙が立ち昇っていた。
「強盗だ!全員そのまま手ぇ挙げて黙ってろ!少しでもおかしな真似したら、どうなるか分かってんだろうな!」
 男達はそれぞれに持ったその拳銃を、レジに居た店員に向ける。あまりの恐怖に店員さんは硬直し、何も動けずにいた。
「さっさとここにレジの金全部詰めろ!」
 叫ぶ強盗達、だがやはり店員は涙目で震えているばかりで動けない。
 そして裏口から脱出した他の店員が警察を呼んだのか、遠くでパトカーのサイレンが聞こえたかと思うと、あっという間に店は警察達に取り囲まれ、私達客を人質として、強盗達はこの店に立てこもることになってしまった。
「てめえが遅いからこうなったんだぞ!殺すぞ!?」
「ひ、あ、あ、ああ、」
 私達の他に客は数組おり、みな両手を挙げ、静止しているしかなかった。
「どうしよう」
 チカちゃんは恐怖に覆われた表情をしてそう呟いた。
「大丈夫だよ」
 そう言う私は、とても嫌な予感がしているのだった。先ほどから眼鏡が何やら、私にしか聞こえないほど小さく、ピピピピという電子音を鳴らし続けていた。

 店の外に目をやると、突然に周囲を取り囲んでいた群衆達が後ろを振り返りながら騒ぎ始め、彼らは道を開けるように大きく二つに分かれたのだった。そして群衆が分かれ、露わになったその道の向こうから、大量の家電達を背後に引き連れた祖母ットが、全速力でこちらに駆けてくる様が見えた。
 その勢いもそのままに、祖母ットは店のガラスを突き破り、中に突入してくる。ガラスの割れる大きな音に、私達客の悲鳴が重なり、祖母ットは私と強盗達の間に、丁度立ち塞がる形となった。
「マコトちゃん、もう大丈夫だからね」
祖母ットはこちらを振り返り、そう言った。
「なんだお前!殺すぞ!」
 強盗達はこちらに向かって発砲するが祖母ットは素早い動きでそれを全て身体で受け止めた。祖母ットのメタルボディに、弾丸など効くわけはない。
 すると祖母ットの後を追ってきた家電達が次々とバラバラになり形を変えながら、祖母ットの体に張り付いていくのだった。ガシャン、ガシャンという音を響かせながら、祖母ットは少しずつ大きく、そして少しずつゴツくなっていく。全身に家電を組み込み、鎧を纏ったような姿になった、祖母ットの変形合体形態であるらしかった。
 祖母ットは強盗達に向かって駆け出した。背中に付いた扇風機のプロペラが回り、その動きを加速させる。やけになった強盗の放ついくつもの弾丸を、炊飯器の蓋シールドで受け止め、一人目の強盗に肩の電気ケトルから熱湯を噴出した。それをもろに浴び、熱さにのたうち回る男をよそに、もう一人の男は逃げ出し始める。だが祖母ットは逃がしはしない。掃除機の取り付けられた右手を上げ、男にその先を向けると、ギュイギュイと鳴る祖母ットの右腕に男はみるみると吸い寄せられていく。そして祖母ットは男を持ち上げると、そのまま頭の上でぐるぐると回し始めた。それはなんだか洗濯機の中で回される衣服のようにも見える。その両手からは冷蔵庫の冷気やドライヤーの熱気も噴出されているのだろう。男は回されながらも、「熱い熱い!」だの、「冷たい!死ぬ!冷たい」だのなんだの叫んでいる。そして祖母ットはそれを遠くに投げ飛ばし、男は低いうめき声をあげてそのまま起きあがらなくなった。
 だが熱湯を浴び、倒れていたはずのもう一方の男はいつの間にか立ち上がっており、どこから取り出したのだろうか、その手には長い日本刀のようなものが握られていた。男は目を血走らせながら、じりじりと祖母ットを狙って近づいていく。
 だが祖母ットはその程度では倒せない、祖母ットの目が光ったかと思うと、祖母ットの目から男の手に向かい、一瞬にして光り輝く一本の光線が走った。男は叫び声をあげて刀を後方に放り投げた。そして祖母ットは男のもとまで一息に飛び上がり、男をその硬い拳で殴り飛ばした。
「目からビーム出るんだ……」

「……凄い」
 私の横でチカちゃんがそう呟くのが聞こえた。
「ねえ、あれなんなの?さっきマコトちゃんって!」
「……おばあちゃん」
「おばあちゃん?」
 だから私は嫌だったのだ。自分の祖母が祖母ットなんて、絶対に引かれてしまうに決まっている。せっかく出来た友達も、祖母ットのせいで、こうしていなくなってしまうのだ。私はうなだれ、だけど仕方ないと思った。私の祖母は祖母ットなのだから。
「……マコトちゃんのおばあちゃん、カッコいいねえ」
 私の顔を見るチカちゃんの表情は、興奮に満ち満ちて光り輝いているように見えた。

 私とチカちゃんと祖母ットは、三人で手を繋いで家へ帰った。硬く冷たいはずの祖母ットの手は、なんだか温かい気がした。



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