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ショートショート おすすめ作品

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#短編

ショートショート「架空の話」

「彼女欲しくないか?」

 目の前に座る五十嵐はそう言った。六畳半の決して広くは無い俺の部屋で、俺はこうして五十嵐と夜な夜な語りあかしている。五十嵐を簡単に説明するならパッとしない男だ。まあ俺もパッとしない方ではあるんだけど、五十嵐はそれ以上にパッとしない。けどその位が安心するというか、もし仮に五十嵐が俺よりも人間的にワンランクもツーランクも上の存在だったとすれば、それはそれで困ってしまうだろうと

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ショートショート「列車」

 線路を噛む車輪の振動に目を覚ますと、既に列車の中だった。私は窓際の席に座り、手には切符が握られていた。切符には矢印だけが書かれており、私がどこから来たのか、そしてどこに向かっているのかを教えてはくれなかった。車内には私の他に、誰もいないのだった。
 列車に揺られ旅をするのは若い頃から好きだった。結婚してからも子供が生まれるまでは、妻と一緒にこうして列車に乗り込んで富士を見に行ったり、わざわざ雪国

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ショートショート「四季旅館」

 私が屋上で一人準備していると、話しかけてきたのは亀山君だった。彼は私に一枚の紙を差し出し、受け取るとそこには暖かな光を宿した豪勢な旅館の外観写真と、その旅館の名前が記されていた。
「四季の移ろいを眺めながら酒が飲めます」
「へえ、……けど確かに人生で一度くらい、こんな旅館に泊まってみるのもいいかもしれない」
「お連れします」
「亀山君が?急にどうしてそんなこと」
「五十嵐さんには以前、私が仕事で

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ショートショート「虫捕りばあちゃん」

 山道を歩きながら私の手を引くおばあちゃんの手のひらの感触や温かさを、今でもはっきりと覚えている。
「ユウちゃん、今日はお迎えに行こうか」
 おばあちゃんは時々そんなことを言うことがあった。おばあちゃんは首から小さな虫かごを垂らして、虫捕り網を握ると、もう片方の手で私の手を握り、裏の山へと入っていくのだった。
 家に居る時はいつもちょこんと座っている可愛らしいおばあちゃんだったけど、山に入るとぐん

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ショートショート「祖母ット」

 祖母は発明家だったから、死んだ後もロボットになってしまった。祖母ットである。
 勿論、祖母がロボットに「なった」というのは正確ではなくて、祖母は自分の思考パターンや記憶の全てを、生前自分そっくりに作ったロボットの中に注入し、祖母ットを作った。だから祖母ットは肌が銀色だし、めちゃくちゃ硬いし、喉の奥のスピーカーから声を出すもんだから話す時は腹話術みたいで少し不気味だし、背筋はピンと伸びている。けど

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ショートショート「さよならエンディングノート」

 真下には一本の川が流れており、高さのためにそれは本来よりも随分と細く見えた。川を包むように山肌は広がり、風に揺れる川の水面と共にそれらは、陽射しに煌めき、鮮やかな景色を私に魅せていた。
「飛びますか?ほんとに大丈夫ですか!?」
 若い係員は心配そうな表情を私に向ける。私はそこまで年老いて見えるのだろうか。まあ確かに大丈夫ではないが。
「いや飛ぶ。飛ばなくちゃならん」
「……じゃあいきます!5!4

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ショートショート「墨と筆と命」

 なにぶん幼い時分から体が弱かったものですから、わたくしは絵ばかり描いておりました。そして自分の描いた絵が生命を持ち、動き出すことに気づいたのは、いつの頃からだったでしょうか。
 そんな私のことを気持ち悪いと罵る親兄弟の顔はよく覚えておりますから、その記憶から手繰り寄せても少なくとも五つか六つくらいの頃からではないかと思います。
 わたくしは半ば捨てられるように、山奥に小屋一つを与えられ、申し訳程

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ショートショート【空飛ぶポスト】

 深夜バイトの帰り道、こんなところにポストがあっただろうかと思う。所々塗装は剥げ落ちていて、新しく設置されたものではないのは間違いないだろう。街灯に照らされたポストは、濡れたような赤黒い光沢を帯びていて、それがなんとも不気味にも思えた。少なくともこんな色のポストは、今までに見たことが無い。
 僕がしばらくそのポストから目を離せないでいると、その四角いポストは、ひとりでにゆっくりと開いた。それは扉み

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ショートショート「24時間営業の眼鏡屋」

 山奥の田舎にあるだけでも珍しいというのに、その眼鏡屋は24時間営業だった。思えば僕の小さい頃からその眼鏡屋は営業していて、お客さんなんて時々老眼鏡を買いにおじいさんが入るぐらいで、よく潰れないものだと不思議だった。それにやっぱり24時間営業だなんて変だ。夜中にわざわざ眼鏡屋さんに行く人なんているわけが無い。
 僕はこの田舎があまり好きでは無かった。高校を卒業したらいつか上京して都会で生活すること

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