神棚に飾られた「好き」
「好き」のハードルが高い。
物事に対して、人に対してもそうだ。
気軽になんでも「好き」にしたくない。ましてや軽く口にすることで、「好き」の価値が相対的に下がっていく気がするからだ。
「あの人の『好き』は『いいね』くらいライトなものだ」と思われるのが最も悲しい。だって、僕が「好き」と口にするのは、本当に好きだから。
ただ、あまりにも「好き」のハードルが上がって、滅多に口にできなくなってきていることに気づいた。
この前「グラレコをずっと続けていて好きなんですね」と言われて「好きというか、すごい価値のあるものだと思っています」と返した。
後からなんで僕はそれを認めなかったのかを疑問に思っていた。少なくとも興味関心がないものを続けられないだろうに。
大切にしていたはずのものが、いつの間にか自分で遠ざけてしまっていたのかもしれない。
「好き」は神棚に飾るほどのものでもないだろう。懐にしまっておいて、必要な時に差し出すくらいでちょうどいい。
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