火を近づける
なるべく忙しくしていたい。そう言った人がいて、びっくりしました。
話を聞いてみると、どうやら本当は忙しくするのが好きなのではなく、暇が嫌なんだそうです。暇だと色々と考え込んでしまうから。
自分の現状やこれからどうしていくかを考え始めると、不安が湧き上がってきます。なぜならそこには正解はないから。どこへ向かうのか、どうやって向かうのか、無限の選択肢の中から全部自分で決めなくてはいけません。指針を持っている人であれば、時に迷うことはあって、その指針と照らし合わせていけます。
成長していく中で、なにかしらの指針は築かれていくものです。
しかし、なんらかの理由で阻害されてしまった人はそこで惑ってしまうのでしょう。そして、考えることよりも忙しさに逃げるようになっていく。
僕はその人を前に、かける言葉がありませんでした。
それでも自分の人生なんだから考えろ。そうやって正論を振りかざすことは簡単ですが、それが響かないのはわかっていました。だって、現状とりあえず生きていけているならば、困っていないからです。
現状への課題感の芽生えと、それを変えていくための行動をどうやって起こすのか?
自分はもちろん他者と関わる時にも、どうアプローチをしていけばいいのか、よくわかっていませんでした。
けれど、それとは別件で対話をしていた際に、案外それは「熱」なのかもしれないと思いました。理性や論理で働きかけてもダメならば、別の方法をとる必要があります。想いを込めてその人に語りかけることで、相手にも熱が灯る。
これまで僕はそうした感情論を敬遠してきましたが、今になってそれも有効な手段であると思い始めています。
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