やるための口実を作る
口実と聞いて、思い浮かぶイメージはなんでしょう?
卑怯とか言い逃れとか、そんな印象が出てくるでしょうか。
けれども、自らを促すような口実ってもっとたくさん作っておけばいいと思うんですよね。
昨年の春に作った味噌が余っているので、4月頃からその味噌と物々交換する取り組みをしています。最初のうちは欲しい人に差し上げていたのですが、なんだかそれだと面白くない。感謝されておしまいです。
それ以上広がっていきません。
かといって、お金のやりとりをすると色々と面倒です。だからお互いにプレゼントし合えば問題ないじゃないかと思ったわけです。
単なる思いつきで始めたのですが、これが面白いです。
一応、僕がざっくりとした欲しいものリストをあげてはいるのですが、いただけるものは特に指定していません。そうすると、相手が選ぶものに人柄がなんとなく付随しているような気がします。選び方にもその人らしさが出ます。
自分の視点から、「この人に似合いそう」と選んでくれる人。
欲しいと言ったものから、選んでくれる人。
わざわざいくつかの候補を用意して、選ばせてくれる人。
僕が提供するものはいつも味噌で変わらないのに、それが別々のものに変わっていくのは新鮮です。
けれども、どれも満足して交換できています。もし、お金でやりとりしていたら、こういう満足感は得られないと思います。
お金はそれを扱う人物の人間臭さを漂白してしまいます。
でも、切り捨てられてしまうそういう人間臭いところに触れられた方が僕は楽しいです。面倒で、湿り気のあって、個性のこびりついたものだからこそ、大切にしようと思えるのでしょう。
とはいえ、手垢のついたものばかりだと疲れてしまうので、お金はお金でないと困ります。
さて、話がずれましたが、僕は味噌のやりとりを通して、関係性が深まるようなことはできないだろうか? と思っていました。
つまり、本当の目的というのは、味噌の交換によって誰かと触れ合う口実が欲しかったのです。
その結果、あまり話したことのなかった人と話せたり、インタビューゲームのお相手をしてくださる方も現れたりして、狙いは達成されています。
その体験を経て、口実の力って凄いと感じました。もっと皆さん口実を作ればいいのですよ。
僕の場合、味噌の交換をするんだから、当然会います。そうなったら、無言で受け渡してさようならとはいかないでしょう。多少なりとも話さなくちゃいけないじゃないですか。だから、仕方なく話をして、ついでに普段できない話なんかもしてしまう。
仕方なくとか言いながら、内心ニヤニヤしているわけですよ。
本当はやりたいくせにプライドとか恥ずかしさが邪魔してしまうならば、それを取り除く理由を作ってやればいいのです。
なかなか行動に移せない人とかは特に効果があると思います。ただ、「やらない口実」ではなくて「やる口実」を用意する必要はあります。
やる口実さえ用意できたら、もうあとは流れに身を任せるだけです。ほら、億劫そうなポーズを取りながら、やりたいことができますよ。
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