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創業50年を迎える老舗・鋳物工場の新たな挑戦、新ブランド「常陸錫器(ひたちすずき)」とは

にびいろの光を宿し、洗練されたフォルム。重厚感はありながらしっくりと手に馴染む持ち心地。一口飲めばその口当たりの良さに、他の器との違いが感じられます。
この機能美とデザイン性を兼ね備えた「常陸錫器(ひたちすずき)」は、2021年7月に誕生した新ブランド。手掛けているのは、東海村村松にある昭和48年創業の鋳物工場「澤幡製作所」です。長年、金属製品づくり一筋にやってきた鋳物工場が、なぜ錫器のブランドを立ち上げたのかー。

同社の綿引栄寿(わたひき・えいじゅ)社長と錫器をブランディングしているデザイナー・根本正義(ねもと・まさよし)さん(エスプレッソデザイン代表)からお話を伺いました。

澤幡製作所の工場

きっかけは社員からの提案
「錫でできた器を父に贈りたい。作れないだろうか?」

元々は電気関係の部品を製造する個人企業として、倉庫の一角から社員2、3人でスタートしたという澤幡製作所。アルミ合金の鋳物から始まり、現在は銅、銅合金も手掛けるように。大きくは「鋳物部門」「機械加工部門」に分かれ、お客様からの図面通りの完成品を収める会社へと発展していきました。
これまで鋳物一筋にやってきた同社でしたが、昨今のエネルギー需要の変化や元請け会社の方針などを受け、このところ仕事量が大きく減るという苦しい状況にあったといいます。そこで打開策を模索していたところ目を付けたのが、銅合金の配合剤としても使っていた「錫(すず)」でした。

「社員から『錫という金属を使って一般の人も楽しめる器ができるそうだ』という話が出て。そこに、その錫を使って『父親に器をプレゼントしたい』という提案があり、これは面白そうだなと。会社としても余力があったので、それじゃあやってみようと始めたのがきっかけでした」(綿引社長)

綿引社長(左)から砂型の製作工程について話をうかがう取材陣

長年培ってきた鋳物技術と、逆転の発想から生まれた新事業

さっそく試作したところ、すんなり第1号ができたそう。というもの、製品形状の基となる木型、砂型作り、そこに溶かした金属を流し込む作業は、鋳物のノウハウをそのまま活かせるものでした。
さらに、溶解温度もアルミが約700℃、銅が約1,200℃と高温なのに対して、錫は約230℃。鍋でも溶かすことができる温度ということもあり、既存の設備ですぐに製作に取りかかれました。

温度の他にも錫の大きな特徴で、金属にしてはとても柔らかいということがあります。鋳物製品としては、変形しやすいことはマイナス要素。ですが、器となったら曲がりやすく自由度が高いことは製作面でプラスとなります。

「これまでの鋳物づくりからしたらまさに逆転の発想で、カルチャーショックでした」

さらに錫の特性を調べてみても、お酒の味がまろやかになる、高級感がある、金属として安全な素材……と良いことだらけだったそう。

「茨城県内で錫を単独で扱っているメーカーがあまりいないことも分かり、やってみたいという思いは強まりました。うちはこれまでメーカーさん相手だったので、一般の方との取引もしたことはなく、BtoC(※)のビジネスも面白そうだなと」
こうして、錫器を本格的に商品化するための新事業がスタートしたのです。

※BtoC:「Business to Customer」の略。企業がモノやサービスを直接、一般消費者に提供するビジネスモデルのこと。

澤幡製作所のオリジナルブランド「常陸錫器」

立ちはだかった「デザインの壁」
そこからパートナーを迎えて誕生した「常陸錫器」

順調な滑り出しに思えた新事業ですが、早々に「デザイン」という大きな壁が立ちはだかります。試作品を知人に配って意見を聞いたところ好評な一方、「斬新さがない」「個性がない」など厳しい声もあったそう。図面通りの製作は得意でしたが、これまで商品開発の経験はなく、一からのモノづくりは初めてのこと。デザイン能力にも限界を感じたといいます。
そこで、繋がりのあった「ひたちなかテクノセンター」のコーディネーターに相談し、茨城県デザインセンターからデザイナーを紹介してもらうことに。そして出会ったのが根本さんでした。

東海村出身の根本さんは、都内の専門学校で学んだ後、デザイン事務所に勤務・独立を経て、2011年にUターン。現在は東海村豊岡に個人事務所を構えています。これまでグラフィックデザインがメインでしたが、東海村では土地柄もあり一次産業ベースの仕事が多いそう。

「形のデザインをと話が来ましたが、私はプロダクトデザイナーではないので今回の依頼はこれまでとは特異な分野でした。ですが、モノづくりは好きだったので最初から出来ないというのはなくて、むしろやってみたいとお受けしました」

オリジナルデザインを探す中、茨城の風土に着眼点を置いた根本さん。東海村は海が近いこともあり、波の形をプロダクトに表現できたら面白いと生まれたのが、海と波をコンセプトにした「Nami(なみ)」シリーズです。八角形のモダンなデザインのタンブラーや波のシェイプが美しい徳利とお猪口など、6種類を展開しています。

綿引社長は言います。「『常陸錫器』とはどういうものかと問いかけた時、『今までにないような器を作る錫器ブランドだ』というのをやりたいというのがありました。ポテンシャルは高いので、それをどう活かしていくか。製品化となると壁があり、安定した製品として発売するまでに1年くらいかかりました。流れ作業で作る工業製品とは違い、手作りなのですべてに砂型を作らないとならない。仕上げ方で輝きが違ったり、模様も一つ一つすべて違います。違う中でもみんな同じ完成度にしないといけないので。買っていただいた方の期待を裏切らないようにやっていきたい」

「常陸錫器」を手にする綿引社長(左)と根本さん

様々な繋がりから広がっていった販路。そしてこれから……

事業を進める中で、ネックとなっていたのが販路の開拓です。そこで見いだしたのが錫器はお酒との相性がいいこと。県内の酒造組合に話ができないかと、茨城県デザインセンターや県の協力を得ながら、酒造メーカーへプレスリリースを送ることに。すると、関心を持ってくれた酒蔵との繋がりが生まれました。

さらに、販売前にも関わらず「いばらきデザインセレクション」で「選定」を受賞したことも追い風となりました。そこから水戸市の京成百貨店で県内の工芸品を扱う「イバラキクラフト」に置いてもらったり、村のふるさと納税返礼品に声をかけてもらったといいます。他にも、茨城県産品お取り寄せサイトへの登録や、県内外のイベント参加、県の外国への地酒PR事業に酒器として参加したことで、外国へも販路を拡大していきました。昨年7月には水戸ホーリーホックの試合会場で、コラボデザインを30個限定で販売したところ試合開始前に完売する好評ぶり。水戸ホーリーホックとのコラボは、今後も予定しているそう。

「錫器は新規参入なので、実績もない中で始めましたがいろんな方の支援があってここまでやってこれました。それが何よりうれしい」と綿引社長。「錫は曲がる金属というのが一番面白いところで、金属は硬いという常識を覆す商品。いろんな人に知ってもらうにはそんな錫器の技術を体験できるワークショップをやりたい。販路を増やしながら、商品のバリエーションも増やしていければ」
一方、根本さんは「酒蔵とのコラボで日本酒と錫器を楽しむ会というのもいいと思っています。今年は、やりたいことを形にしていく年にしたい」と思いを語ってくださいました。

酒器シリーズに続いて、錫を使って東海村のお土産となるものを作り出せないかーという構想も進行中とのこと。様々な可能性、広がりを見せる「常陸錫器」の今後の展開が楽しみです。


▼取材・執筆担当者

柴田 亮子/インタビュー・執筆
静岡出身、ひたちなか市在住。ライター/編集者と子育て支援センターの広報スタッフを兼業。茨城といえば、納豆と水戸黄門…大好きな干し芋だけを楽しみに、地元から移住してきて早10年。縁あって茨城県内の隠れた魅力を発信するショートトリップの企画・運営に携わり、茨城の奥深さに魅了される。まだまだ知らない茨城を知りたい!魅力を伝えたい。いろんな人と繋がりたい…と「T-project/スマホクリエイターズLab.」に隣町より参加中。


佐藤信一郎/インタビュー・写真


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