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遠い記憶の引き出し

今年の夏はなんだか過去を振り返る夏だった。
それも、過去の恋愛だ。
遠い遠い記憶の奥にちゃんと閉まってあったのかすら、定かではなかった。


冬が明けやっと春が来る頃、友人が電話越しに泣いている声を聞いたところから
過去を振り返る一歩が始まったように思う。

あぁ、別れに寂しさと苦しさと切なさを感じたのっていつが最後だったろう。
深い傷とまではいかなくとも、突然起きた出来事に心がついていかない感じ。
そんなこと昔もあったし、また味わうなんてね、と友人と話した。

私の最後の寂しさと苦しさと切なさは…
遠い記憶の引き出しを少し開けかけて、やめた春。

それがこの夏、記憶の引き出しが大きく開いた。


もう随分と昔。
とても穏やかで優しい人だった。
初めて会った時の記憶は正直あまりなくて、そこに彼もいたなくらいだった。
連絡先を交換することもなかった。
見た目がタイプなわけじゃなかった。
むしろ、それまでの自分の好みとは真逆だった。

2度目に再会したあと、始まった彼との関係。
穏やかで優しく、彼は私が照れてしまうような歯の浮く言葉をストレートに言える人だった。

それまでの自分の経験で、言葉の裏にある嫌なものも彼からは感じ取れなかった。

頭を撫でいつも「好きだよ」、「可愛いね」と伝えてくれた。
とても穏やかな時間。

けれど、そもそも住む地域も違い、頻繁に会えないことも多かった。
メールや電話で連絡を取り、仕事の合間に時間を取って来てくれたり。
けれど、やっぱりそんなのは続かなくて、自然と私が連絡を返す頻度が減った。

それでも彼は前に私が欲しいと言っていたアクセサリーを持ってやってきた。

そしてまた連絡を取る頻度が減るの繰り返し。

定期的に来る連絡に気が向いた時だけ返す私。

アメリカ出張のお土産と渡されたプレゼント。

出会ってから数年が経ち、またプレゼントを届けに来てくれた。

そこになんの意味が伴うのか、もはやわからない域に入っていて
だけど、なかなか切ることの出来ない縁だった。

今思うと、なぜ私はあの穏やかな時間を大切に扱わなかったのだろうと思う。

私の恋愛は穏やかさとは無縁だったから、どう扱えばいいかわからなかったのもあるし
遠く離れて生活している彼との先なんて、どう考えたって私には想像もつかなかった事実。

最後に彼がプレゼントを届けに来てくれた時、私は初めて手放したくないと思った。

この人といるとこんなにも安心出来て、ホッとするんだと感じた。

二人でただテレビを見ているだけ。
ビールを飲みながらくだらない話をしているだけ。
その空間そのものが穏やかで、変わらず私の頭を撫でる手は温かく優しかったせい。

けれど、彼はそうじゃなかった。
なんのためのプレゼントだったのか、それすらよくわからないけれど
もしかしたら、今までありがとう、さようならだったのかもしれない。

夢だった仕事に就き、忙しくしている彼の頭の中から私という存在はどんどん小さく消えていったのだろう。

他の女の人かもしれないし、この不毛すぎる関係性の無意味さに気づいたのかもしれないし、単に私に飽きたのかもしれない。


彼にもらったアクセサリーを付けた夏。
女友達と飲みながら、そんな話を引き出しから広げ、少し切なくなった。

彼との終わりを感じた夜、私はしっぽりした。
燃えるように激しく好きになったわけではなかったけど、ずっと暖かく灯っていたものが消えた寂しさと苦しさと切なさに心が揺れた。

なにかひとつでも、違っていたら
違う未来になっていたのかもしれないけど
私たちの縁はコレだったんだろう。


彼と出会った季節も夏だったな。
女友達と飲みながら話すにはこのくらいの思い出が丁度いい。

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