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それが後の妻構文.6「マルチーズな女」

まだ20代の頃、朝のランニング中、クリームチーズをなすりつけたようなマルチーズを連れた、青のベストとカンカン帽を合わせたおじさんが今にも「今日はいい天気ですね」と言わんばかりの顔で通り過ぎていったんですよ。

僕はあのマルチーズは今日のコーディネートと一環で、明日にはレザージャケットとドーベルマンにすっかり取り替えられているのではないかと考えて、なぜだか知りもしないそのおじさんにぞっとしたのを覚えています。

「頼むからあのマルチーズが5年間大事に飼われている愛犬であってくれ」

そう願いながら股下偏差値45の両脚で地面を蹴っていると、前方からミニチュアダックスフンドを連れた股下偏差値65の爽やかな女性が歩いてきたんですよ。

足の短い犬に、今日の爽やかな朝よりも爽やかな美女。僕は思わず声をかけました。

「いいダックスフンドですね」

僕は未だかつて悪いダックスフンドを見たことがないんですが、そのダックスフンドがいいダックスフンドであるということに確信を持っていました。

ではあのマルチーズは?

「可愛いでしょ」とレモンみたいな彼女。

きっといいマルチーズだったんでしょうが、あのおじさんが年齢より若いファッションをしていたがために、いいマルチーズであるということ、5年間大事に飼われている愛犬であるということに確信が持てなかったんですよね。

「すごく可愛いです」

レモンの彼女は僕の足元を嗅いで回るダックスフンドに足を止められようにしてその場に留まっていたので、少しだけ何気ない会話をして、その日僕と彼女は顔なじみになったんですよ。

次の日の朝、ランニングをしていると、同じマルチーズを連れたおじさんとすれ違いました。

少し進むと、レザージャケットでドーベルマンを連れた彼女に出逢いました。

「いいドーベルマンですね」

それが後の妻です。

#小説 #エッセイ #妻 #後の妻

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